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2026.06.24

【後編】アートと工芸のあいだで。「労働」を縫うということ / 連載「作家のB面」 Vol.43 青山悟

Text / Asuka Kawanabe
Photo / Kyouhei Yamamoto
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話を深掘りする。

工業用ミシンを用いた緻密な刺繍で、現代社会の労働や価値の変容を描き出すアーティスト、青山悟。「テート美術館 ー YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」を訪れ、彼が学生時代を過ごした90年代ロンドンの熱狂と、UKカルチャーからの影響を振り返った前編。 後編では、当時のアートと工芸のヒエラルキーへの葛藤から、ミシンを選び「労働」という概念に行き着いた背景を深掘りする。コロナ禍を経て社会の歪みが「自分ごと」へと変化した過程や、時代に作品を委ねる彼独自の眼差しに迫る。

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【前編】YBAのその先へ──90年代英国アートを見つめ直す / 連載「作家のB面」 Vol.43 青山悟

  • #青山悟 #連載

アートと工芸のヒエラルキー

サラ・ルーカス《煙草(たばこ)のおっぱい(理想化された喫煙者の椅子Ⅱ)》(1999年)

グレイソン・ペリー《私の神々》(1994)

──前編では、90年代のイギリスで巨大化していくアートマーケットに対してオルタナティブを探る意識があったというお話を伺いました。ご自身が在籍されていたテキスタイル学科の当時の環境は、その後の制作にどのような影響を与えましたか。

当時のゴールドスミス・カレッジにはファインアート学科とテキスタイル学科しかありませんでした。テキスタイル学科は男性優位の社会のなかで女性の立ち位置を作るという意味で意義がある場所だったと思います。でも、90年代にはその役目を少し終えつつあるというか、バックラッシュの時期でもあって。トレイシー・エミンやサラ・ルーカスのように、テキスタイルのバックグラウンドじゃないファインアートの作家たちが、自由に刺繍や布を使った表現をやり始めている。そうなると、テキスタイル学科からわざわざファインアーティストとして出ていく意味がわからなくなってくるんですよね。だからこそ自分は、作品が工芸的に見えないように、手仕事の温もりや工芸性みたいなものを極力見せないドライな作品を作ろうと考えていました。

青山さんがロンドン時代に制作した作品《東京の朝》2005年 ポリエステルに刺繍 (コットン、ポリエステル糸) 中尾浩治氏 所蔵 撮影:宮島径

──当時は、ファインアートと工芸の関係はどのように見られていたのでしょうか?

工芸について学ぶ中で「ヒエラルキー」という言葉を知ったほど、アートとクラフトの間には絶対的なヒエラルキーがありました。例えば歴史的にペインティングで神様を描いていた一方で、クラフトは生活のための機能があるものだからアートではない、と明確に下に見られていたんです。それは男と女のヒエラルキーでもあるし、エリートと労働者階級のヒエラルキーでもある。だからこそ自分自身の作品が手芸や工芸の文脈に入れられちゃうのを避けたかった。作品が工芸的に見えないように、手仕事の温もりや工芸性みたいなものを極力見せない、ドライで労働的・工業的な作品を作ろうと考えていました。

グレイソン・ペリー《私の神々》(1994)を覗き込む青山さん。「ペリーの作品が大好きで、イギリスにいた頃に買っておけばよかったです」

そのヒエラルキーを逆手にとったのが、今回YBA展にも作品が展示されているグレイソン・ペリーでした。彼は機能があるからクラフトに分類されていたセラミックやタペストリーをあえて扱い、アッパークラスからワーキングクラスまであらゆる階級をリサーチして、自ら女装してアウトサイダーとして風刺することで階級社会のヒエラルキーを批評してみせたんです。彼の作品がターナー賞などで評価されたことで、アートとクラフトのヒエラルキーが薄くなったと思います。今、現代アートの世界でも焼き物がブームになっていますが、その土壌を作ったのは彼ですよね。自分自身の作品の価値を変換させてくれた存在だと思っていますし、彼のおかげで昔ほど刺繍っぽいものを怖がらなくなりました。

 

超絶技巧ではなく、誰にでもできる「労働」

──青山さんは1920年代製の工業用ミシンを使って制作を続けていらっしゃいますよね。

はい。「超絶技巧」みたいな文脈で語られることがあるんですけど、実はそういう文脈は避けたいんです。超絶技巧って、一般人にはできない特別なことをやるという線引きじゃないですか。でも、自分が見せたいのは「労働」の価値です。そしてそれは、時間をかければ誰にでもできるから「労働」たりえるわけですよね。 僕がやっている作業は、超絶技巧ではなく労働なんです。ミシンは労働のための道具ですから。遅く針を落として、ただ地道に縫っていくだけ。自分のアドリブを一切入れず、手仕事性や人間性みたいなものを徹底的に排除しながら淡々と作品を作ろうと思いました。そこまで徹底して機械と向き合うことで、逆にそこから漏れ出てくる人間性みたいなものが浮かび上がるんじゃないかと思ったんです。人間性を表現するとき、普通は手縫いの方が人間らしい行為ですよね。でもミシンは一回機械を通すので、その機械との対比のなかでより人間性が浮き彫りになるんです。

《News From Nowhere (Self Portrait)》2016年 ビンテージプリントに刺繍 (ポリエステル糸)、ドローイング、金箔 Masako Fujita氏 所蔵 撮影:宮島径

《8 Hours 》2018年 ポリエステルに刺繍(ポリエステル糸) タグチアートコレクション/タグチ現代芸術基金所蔵 撮影:宮島径

──ちなみに青山さんの作品コンセプトには「労働」という言葉が多く登場しますが、ご自身の作品をこの言葉で説明するようになったきっかけは何だったのでしょうか。

シカゴの大学院で学んでいた時、シカゴ美術館にはジョルジュ・スーラの点描画《グランド・ジャット島の日曜日の午後》があって、門外不出の作品として見放題だったんですよ。ある時、美術史家のリンダ・ノックリンが書いた『絵画の政治学』というフェミニズムの視点での絵画評論を読んで、スーラはあの点描という労働のメタファーによって階級社会や貴族の腐敗を批判したんだという文脈を知りました。それは自分の作品を説明するうえで非常に有効だなと。さらに、シカゴでの恩師であるアン・ウィルソンという有名なアーティストが、僕の作品を見て「労働という文脈で考えてみたら?」とヒントをくれたんです。彼女自身の作品もレースや髪の毛を使って女性の労働をメタファーにしていましたから。彼女の言葉とスーラの点描画、そしてリンダ・ノックリンのテキストに影響を受けて、2000年初頭から「労働」という言葉を使い始めました。

 

コロナ禍で自分ごと化した社会の歪み

──先ほど、グレイソン・ペリーのおかげで刺繍っぽいものを怖がらなくなったとおっしゃっていましたが、意識が変わった具体的なタイミングはありましたか?

はっきりと変わったのはコロナ禍の時ですね。それまでは、なんだかんだ言って刺繍っぽく見られないような作品を作っていたと思うんです。でもコロナ禍になって、美術館やギャラリーが閉まって、予定していた展覧会も飛んでしまった。アーティスト活動一本でやっているので、発表の場がないっていうのは死活問題じゃないですか。そこで、ウェブに直接ショップを開いて作品を作って売ろうと決めました。「Everyday Art Market」というオンラインショップを開設して、日記みたいに日常的に作品を出していったんです。トイレットペーパーがなくなったら、それをイラストにしてシャツに刺繍したり、当時よく目にしていたマスクやニトリル手袋に刺繍したり。日常が非日常になってしまった時期だからこそ、日常的なものこそが特別なものになった。その逆転があったから、日用品を素材やモチーフに使って作品を作ることを怖がらなくなったんです。特殊なコンテクストのなかでコンセプトがしっかり立っていたから、中身は何でもいいと思えるようになりました。

《Toilet Paper Shirts》2020年 シャツに刺繍(ポリエステル糸) 作家蔵 撮影:青山彩加

《喜びと恐れのゴム手袋》2020年 ゴム手袋に刺繍(ポリエステル糸) 作家蔵 撮影:青山彩加

──社会が混乱するなかで、作品のテーマである「労働」や社会問題への意識も変化したということですね。

コンセプトが机上の空論ではなくなって、完全に自分のものになったんだと思います。昔から労働問題とか資本主義の危機みたいな話はしていたし、リーマンショックの時とかもウィリアム・モリスを引き合いに出して話したりしていました。でも、どこかリサーチベースというか、自分ごとではないことをやっていたような気がするんです。それがコロナ禍になって、一気に本当の自分の問題になりました。仕事がなくなってお金が入ってこない状況や、マスクをつける/つけないといった価値観の違い、見ないようにしてきた格差が可視化されたじゃないですか。お隣の町工場が倒産してしまったりと、目に見えて「これは他人事ではないぞ」ということがいろいろ起こった。あの時、自分がずっと考えていたテーマが、本当の意味で自分ごとになった瞬間でしたね。

《WHO SAID SO?》2020年 マスクに刺繍(ポリエステル糸) 作家蔵 撮影:宮島径

コロナは終わりましたけど、あの時に明らかになった問題点や分断って、全然改善されてないですよね。見えない人たちや消えゆくものに目を向ける主題は、今でも全く変わっていません。むしろこれから先、移民の問題やテクノロジーの発展によって見えなくなっていく存在はますます増えていくでしょうから、問題意識はより強くなっている気がします。

 

時代と作品の運命

──コロナ禍の社会状況を反映した作品として、タバコの吸い殻をモチーフにした刺繍もありました。今回の展覧会でも、ダミアン・ハーストなどYBAの作家たちがタバコを使っていることについてお話しされていましたね。

ハーストの吸い殻の作品や、サラ・ルーカスもそうですが、YBAのなかでもタバコってすごく象徴的に使われていますよね。ハーストの作品のタバコは「シルクカット」という銘柄なんですけど、その時代に人気だったロータールの庶民的なタバコで、ただただ不味かったと記憶しています。 でもパッケージの見た目はかっこいい。タバコってやっぱり「死の象徴」みたいなものなんですよね。90年代当時は、体に悪いとわかっていてもみんなレストランでも普通にタバコを吸っていた時代です。今見ると造形的にもかっこいいし、どこかファッショナブルに見える。僕の作品も物質としてのタバコは同じなんですが、背景は全然違います。あれはコロナ禍に倒産してしまったお隣の町工場の人が残した最後の吸い殻なんです。だから、その背景を知るとまた全然違う見え方がしてくるんですよね。

「テート美術館 ー YBA & BEYOND」 にて、ダミアン・ハースト《後天的な回避不能》(部分)(1991年)

──そのような作品の背景や文脈は、見る人にどこまで詳細に説明すべきだとお考えですか。

作品って、説明だけで完結するものなら説明だけでいいじゃんっていうところもあります。ただ、作家にはモチベーションというものがあって、それは作品のコンセプトとほぼ同義だと思っているんです。コンセプトって頭で立てるものじゃなくて自分の中から見出すもの、つまりモチベーションなんですよ。そこに関しては、作家は責任を持って語らなきゃいけないし伝えなきゃいけないと思っています。でも、出来上がった作品がこれから先どういう運命をたどるかまではコントロールできないし、コントロールしようとしすぎない方がいいと思っています。それは作品の持っている自由や可能性を奪ってしまうことになるから。

《N氏の吸い殻》2023年 ポリエステル・オーガンジーにミシン刺繍 作家蔵 撮影:宮島径

例えばタバコの吸い殻を刺繍で制作した《N氏の吸い殻》という作品も、10年後、20年後にタバコを見たことがない世代が出てきたら、全く違うものに見えるかもしれないじゃないですか。めちゃくちゃ高級品に見え始めたりするかもしれないし、「昔はこれに火をつけて煙を吸っていたらしいよ」って遺跡から発掘されたものみたいに見えるかもしれない(笑)。時代によって意味を変えていくことは、肯定的に捉えています。ただ、作品を見て当時の社会状況がわかるのが現代美術のいいところです。ピカソの《ゲルニカ》を見て戦争の悲惨さが思い起こされるように、僕のタバコの作品を見て、2020年当時のコロナ禍の社会状況や分断、消えていったものたちを思い起こすことができる。そういう機能を持つものとして存在してくれたらいいなと思っています。

※「テート美術館 ー YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展示内の作品はすべてテート美術館蔵
※作品画像及び展示風景(青山悟作品)はすべてⒸ AOYAMA Satoru, Courtesy of Mizuma Art Gallery

Information

青山悟 刺繍少年フォーエバー in Kyoto

■会期
2026年6月27日(土)~2026年7月26日(日) ※会期中無休

■開館時間
10:00~19:30(入場は閉場30分前まで)

■会場
美術館「えき」KYOTO

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青山悟 時間ミシン|Time Machine

■会期
2026年7月4日(土)~2026年7月25日(土)

■開館時間
12:00~18:00

■休館日
日曜日、月曜日、祝日

■会場
imura art gallery

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Information

テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート

■会期
2026年6月3日(水)~2026年9月6日(日)

■開館時間
10:00〜18:00(入場は閉場30分前まで)

■休館日
月曜日(祝日の場合は開館)

■会場
京都市京セラ美術館 新館 東山キューブ
京都府京都市左京区岡崎円勝寺町124

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bmen

ARTIST

青山悟

アーティスト

1973年東京都生まれ、東京都拠点。産業革命以降、手仕事を代替してきた機械の象徴として工業用ミシンを用い、労働や芸術の価値とその変容、ジェンダーや、時に人種に関わる社会問題などを主題に作品を制作。資本主義化とグローバル化が加速し、その構造の歪みが浮かび上がる現代社会において、不可視化され、忘れ去られていく存在を、緻密かつ繊細な刺繍によってすくい上げる。 画像:《マスク時代の肖像画バッジ プロジェクト(青山悟)》2021年

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