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  • 社会の中に佇む存在をかたちづくる。菅原玄奨のアトリエ / 連載「部屋は語る〜作家のアトリエビジット〜」Vol.6

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2026.06.17

社会の中に佇む存在をかたちづくる。菅原玄奨のアトリエ / 連載「部屋は語る〜作家のアトリエビジット〜」Vol.6

Photo / Shin Hamada
Edit & Text / Eisuke Onda

制作途中の作品や散らばった画材、机や棚から、その作家の個性が滲む。アトリエに訪れると、作品の奥にある思考の一端を垣間見ることができる。連載「部屋は語る〜作家のアトリエビジット〜」では、現代作家たちの創作空間を紹介していく。

第6回は、現代を生きる人々の身体性や匿名性をテーマに、彫刻作品を手がけるアーティスト・菅原玄奨のアトリエを訪れた。

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プレハブ小屋の中にある、真っ白なアトリエ

東京都心部から電車を乗り継ぎ、さらにバスで目的地へ向かう。ビルや住宅街を抜け、少しずつ田畑が広がり始めた場所に大きな敷地を持つ民家が現れた。その隣に建つプレハブ小屋の扉を開くと、真っ白な壁と蛍光灯の光が目に飛び込んでくる。

室内には人物像がいくつか並んでいた。その姿は道中のコンビニや駅、街角でふとすれ違ったことのありそうな人たちのようだった――ここは彫刻家・菅原玄奨さんのアトリエ。菅原さんは粘土で制作した像を石膏で型取りする“塑造”を中心に、現代を生きる人々の身体や存在をテーマに制作を続けている。

「地に足をついていないような、今の人の佇まいや浮遊感に興味があります。立っているけど立っていないような、存在しているようで見えないような。そんな人の姿を探っています」

アトリエに並ぶ制作途中の作品やコレクション、本を見せてもらいながら、その制作の背景をたどっていく。

六軒目の作家
菅原玄奨

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1993年東京都生まれ。2018年東京造形大学大学院造形研究科彫刻専攻修了。塑像を中心に、樹脂や陶土を用いた彫刻作品を制作。現代人の身体性や匿名性、存在の不確かさをテーマに、人物像を通して現代の感覚を探求している。主な個展に「湿った壁」(EUKARYOTE)、「The Common Call」(TAV GALLERY)など。

008-ateliervisit-06_gensho-sugahara《Unreaching》(2026)

009-ateliervisit-06_gensho-sugahara《CACTUS》(2022)

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コレクションと自作の関係性

井上健司《 ice cream rood 》(2018)

白く塗られたアトリエの壁には大きな絵が掛けられていた。見渡すと、ほかにも絵画や抽象的な彫刻作品が並んでいる。これらはすべて、菅原さんが蒐集してきた作品たちだという。 

「自分のアトリエからは絶対に生まれないようなものをコレクションしています。例えば井上健司さんの《ice cream road》。自分とはかなり遠い領域というか、作品の中に人も出てこないし、嫉妬するくらい可愛いし、かっこいい。僕は作品であまり色を使わないので、そういう意味でも羨ましい色彩感覚です。実は大学の同級生だったんですが、5年ほど前に亡くなっていて、ご家族から譲り受けたものなんです」

手前の立体作品は石崎朝子《うらにあるおもて》(2021)、奥の平面作品は東城信之介《「」》(2018)

白い壁の近くには、ほかの作家の作品に混じって、菅原さん自身の作品もいくつか置かれていた。昨年制作したという犬の彫刻を前に、その理由を尋ねてみる。

「僕は直接手で触りながら作品をつくるので、制作しているうちに作品との距離がどんどん近くなっていくんです。自分の一部みたいになってしまう。でも、それが少し気持ち悪いというか、しっくりこない感覚があって。だからたまに突き放したくなるんです。そういうときに白い壁の前に置いて、人の作品と並べてみる。すると関係性が生まれて、自分の作品を外から見られるようになるんです。彫刻家のアトリエに白い壁なんて本当はいらないんですけど(笑)、ギャラリーのような状況をつくることで距離を取ることができる。結果的に、それが自分自身を見つめ直すことにも繋がっている気がします」

さらに話を聞いていると、アトリエの一角にあったという大きな棚の話になった。

「今、渋谷のMINAで展示をしているんですが、そこに置いている大きな棚は、もともとこのアトリエで使っていたものなんです。制作途中の小さな作品を並べて眺めるための棚で、僕にとって制作空間と展示空間のあいだのような存在でした。MINAは美術館でありカフェでもあるので、あえて中間の存在であるその棚を使用しています。今はアトリエに棚がないので、テーブルや作品の配置も変わっていて。アトリエの中で物の位置が少し変わるだけでも、作品の見え方って全然変わるんです。そういう変化から気づくことも結構ありますね」

 

現代人の佇まいをかたちにする

ちょうど秋口に発表予定の作品の原型を粘土で制作しているところだという。意外なことに、菅原さんはドローイングやマケットをほとんど作らない。頭の中にあるイメージを、そのまま手で粘土へと置き換えていく。

「作りたくなったら、もう瞬発的に粘土で作っちゃいますね。学生時代に鉄や木、金属も一通りやったんですけど、どれもあまり合わなくて。最終的に塑像に行き着きました。工程は多くて大変なんですけど、素材の硬さと格闘することに比べたら、僕にとっては扱いやすいんです」

かたちづくるときイメージはSNSや街中など、日常の中から拾ってくるという。

「普段から街やSNSで人間観察はめちゃくちゃしています。気持ち悪がられているんじゃないかなって思うくらい(笑)。人の動きとか所作とか、最近だとストレートネックだったり、スマホの持ちすぎで指が変形していたりとか。そういうことは日頃から気にしていますね。

人体彫刻を学ぶ中で、人が存在して、そこに立っていること自体が、よく考えるとすごく奇跡的なことだなと思うようになりました。ロダンは人の生命感や内面的なエネルギーを像に宿したと言われますが、僕は今の人の佇まいを探っていきたい。存在しているけれど、存在していないような見え方というか。目さえも閉じているのか開いているのか分からないくらい曖昧なんです。そもそも人を作りたいというより、その周囲にある空間や空気を作りたいという感覚の方が近いかもしれません」

匿名的な誰かを像に宿してきた菅原さんだが、現在手がけている作品では少し異なるアプローチを試みているという。

「今回の作品は、過去の彫刻作品のポージングを引用しています。展示場所の近くに女神像のパブリックアートがあるんですけど、『今の時代に女神をつくるってどういうことなんだろう?』と考えていて。そこで橋本平八の《花園で遊ぶ天女》を思い出したんです。木彫作品なんですが、これを塑造でやったらどうなるんだろう、と。さらに自分の制作スタンスに沿って匿名的な存在にしてみようという実験でもあります。もともとの作品にあるプリミティブな造形を、自分の作品に取り入れたらどう見えるのか試しているところですね」

 

動き続けるものを、止めるための儀式

原型が完成すると、その周囲を水で溶いた石膏で覆い、固まったあとは中にある粘土を取り除く。塑造ならではのこの工程を、菅原さんは「儀式のようなもの」だと語る。

「石膏の中から原型を取り出すとき、自分が作ったものが一度この世界から消えるんです。ネガとポジが反転するように、今度は残った石膏の型に樹脂を張り込んで形を再生させる。亡くなったものを生き返らせるような工法だと思っています。しかも型になった石膏も、固まった樹脂を取り出すときに壊してしまうんです。作ったものが消えて、また生まれて、さらにその痕跡も消えていく。その工程自体を作品にしたいと思って、《Ephemeral Head》《Ephemeral Body》というシリーズも制作しました」

菅原さんの関心は、完成した彫刻だけではない。むしろ、その前後にある変化のプロセスにも向いている。

「粘土で原型を作っているときって、素材はずっと動き続けているんですよ。見た目では分からないけど、水分が抜けて、また霧吹きをかけて。腕なんかも少しずつ動くので、角度が変わるだけで印象が全然違ってくる。だから僕にとって型取りって、動き続けるものを一度止める行為なんです。流動的な素材を扱っている感覚はすごく好きなんですけど、彫刻として成立させるためには、どこかで静止させなければならない。でも物体が止まったあとも、その周囲の空気や時間は動き続けている。その関係性が面白いんですよね」

 

樹脂ではなく焼き物を制作する際に用いる石膏型。焼成前の粘土は脆いため、原型を崩さないよう分割して取り外せる構造になっている

焼き物で制作された頭部作品。FRPとは異なるざらりとした質感やヒビが表面に残り、匿名的な像にどこか人間のような気配を与えている

 

皮膚とファッション

写真左上から時計回りで、『ダイアローグ』(著/ヴァージル・アブロー 、翻訳/平岩壮悟)『彫塑 普及版: 制作と技法の実際』(著/岩野勇三)『皮膚、人間のすべてを語る』(著/モンティ・ライマン、翻訳/塩﨑香織)『砂の女』(著/安部公房)『不易と流行のあいだ: ファッションが示す時代精神の読み方』(著/菅付雅信)『彫刻の呼び声』(著/峯村敏明)

アトリエの机には、彫刻、ファッション、学術書、小説など様々な本が並んでいた。どれも菅原さんが影響を受けてきた本や、最近読んでいるものだという。

「安部公房の『砂の女』は中学生の頃に読んだ本です。初めて文章から質感を感じた衝撃的な作品でした。砂のざらつきとか湿り気とかが伝わってきて。それが今の制作にも繋がるルーツになっています。

最近は『皮膚、人間のすべてを語る』をきっかけに、皮膚や表面への関心が高まりました。人間も結局見えているのは表面だけじゃないですか。皮膚って外界と自分を隔てる境界でもあるし、自分の身を守るものでもある。その延長でファッションにも興味があります。例えばアウトドアウェアを街で着ている人を見ると、大雨が降るわけでもないのに、なんでこれを着ているんだろうって思うんです(笑)。でもそれって、自分の身を守るという感覚の表れでもあって。そういうところに今の時代が出ている気がします」

菅原さんの作品を近くで見ると、その表面の質感にも目を引かれる。大学卒業後から一貫して使用しているのは、工業製品の下地として使われるサーフェイサーだ。「昔はもっとデジタルのような均質な質感を目指していたんですけど、最近は都市や街のイメージに近づいてきています。コンクリートやアスファルトみたいな少しざらついた表面に仕上げています」

単丈のTシャツやシェルパーカーを着こなす人物像。作品のファッションからも今の流行が垣間見える。

「ファッションそのものを再現したいわけではないんです。ただ、その時代特有のシルエットってありますよね。タイトだったり、ルーズだったり。そういう流れ続けているものを止めたいという欲望があります。それは流行だけじゃなくて、都市のスピード感だったり、その時代そのものだったり。ただ、それを留めておきたいというよりは、それを見ている自分を知りたいんです。あるいは、その時代にいた自分を知りたい。だから人を作っているようで、これは鏡のような存在なんです。自分を見てみたいっていう感覚なのかもしれません」

菅原さんにとって作品は、自身を映し出す鏡であると同時に、見る人によって意味を変えていく存在でもある。

「今って結構不安定な時代だと思うんです。物価が上がったり、倫理や価値観がどんどん更新されていったり。そういう状況の中で生きることって、人の立ち方にも少なからず影響していると思うんですよね。もちろん、それが直接作品に反映されるわけではないんですけど、この像を見た人が『2026年ってこういう時代だったな』とか、『今ってどんな時代なんだろう』と考えるきっかけになることはあるんじゃないかなと思います」

Information

「PUBLICAD -公共性と広告性を再編集する/Re-editing the Narratives of the Public-」

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《Sideboard》(2024)

■出展作家
菅原玄奨、BIEN

■会期
2026年4月1日(水)→6月21日(日) 
 
■開館時間  
11:00 〜 22:00
 
■入場料  
ワンドリンクオーダー
 
■会場  
Museum of Imaginary Narrative Arts[MINA]
東京都渋谷区渋谷3-7-1

詳細はこちら

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ARTIST

菅原玄奨

彫刻家

1993年東京都生まれ。2018年東京造形大学大学院造形研究科彫刻専攻修了。塑像を中心に、FRPや樹脂などを用いた彫刻作品を制作する。現代人の身体性や匿名性、存在の不確かさへの関心を起点に、人物像を通して現代の感覚や空気感を探求している。近年はファッションやスタイリストとの協働も行いながら、彫刻と衣服、身体との関係性についても考察を深めている。主な個展に「湿った壁」(EUKARYOTE、2021)、「The Common Call」(TAV GALLERY、2023)など。グループ展やアートフェアにも多数参加し、国内外で発表を続けている。

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