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REPORT

2025.06.04

「世界で最も美しい美術館」に、東アジアのオルタナティブなアートが集結。 広島〈下瀬美術館〉で観る『周辺・開発・状況 -現代美術の事情と地勢-』

Text / Masae Wako
Photo / Kyouhei Yamamoto
Edit / Eisuke Onda

坂茂の設計で2023年3月に広島の地で開館した〈下瀬美術館〉。オープン当初から大きな反響もあり、同年にはユネスコで創設された建築賞「ベルサイユ賞」を受賞。「世界で最も美しい美術館」と呼ばれている。

そんな世界を代表する美術館で初となる現代美術展『周辺・開発・状況 -現代美術の事情と地勢-』が開催中だ。その様子をレポートしながら、現地に集まったアーティストとキュレーターにも話をうかがった。

世界が憧れる美術館、初の現代アート展を開催中

カラフルなキューブが水盤に佇む〈下瀬美術館〉は、ユネスコ本部が選ぶ建築賞〝ベルサイユ賞〟を受賞した「世界で最も美しい美術館」。建築家・坂茂が設計した代表作のひとつである。カラーガラスを使った可動式のキューブ型展示室には、広島の造船技術が使われ、企画展示棟などの建物群は、長さ約180mのミラーガラス・スクリーンで覆われている。

企画展示棟の外はピラミッド状に盛り土されており、てっぺんまで登れば厳島神社のある宮島や瀬戸内海の風景を見渡せる。この美しい環境がミラーガラス・スクリーンに映り込む様子は、確かに「世界で最も美しい」と称されるにふさわしいだろう。

2023年、広島県大竹市に開館した〈下瀬美術館〉。その名を世界に知らしめたのが、カラーガラスで覆われた展示室だ。水盤の上に浮かぶ10×10mの展示室8棟は、広島の造船技術を活用して作られたもの。水盤の水位を増すと展示室が浮力で動き、大きな重機を使わずに配置を変更することができる

展示室の周囲には「エミール・ガレの庭」も。ガレはアール・ヌーヴォーを代表する工芸家で、自然をモチーフとした作品も多い。庭園には、ガレの作品に登場する草花が植栽されている

日本と西洋の名画や工芸品を約500点所蔵するプライベート美術館。館内には、施設を設計した建築家・坂茂による〝紙管〟ベンチも

収蔵品は約500点。日本と西洋の近代絵画に加え、エミール・ガレのガラス作品など工芸品の充実ぶりでも知られている。そんな〈下瀬美術館〉にとって、初めての現代美術展『周辺・開発・状況 -現代美術の事情と地勢-』展が、現在開催されている。参加アーティストは、日本、韓国、中国、インドネシア、ミャンマーなど、東アジアをルーツにもつ9人。海外勢はみな、日本の美術館では初の作品発表となる。アーティストだけでなく4人のキュレーターも含めた全員が、1980年代以降生まれの若手であることも特徴だ。

参加者は東アジアにルーツを持つアーティスト9人。日本からは遠藤薫、⾦理有、久⽊⽥⼤地、鈴⽊操、MADARA MANJI。韓国のオミョウ・チョウ、中国の鄭天依(ジェン・テンイ)、インドネシアのムハマド・ゲルリ、ミャンマーのソー・ユ・ノウェ。全員が1980年代以降生まれ

9人の作品が展示されているのは8つの可動展示室と大型の企画展示室。1つの可動展示室に1人あるいは2人ずつ……と数は絞られている。周囲から切り離された10×10mの空間で作品を鑑賞したら、渡り廊下というインターバルを経て次の展示室へ。先に言ってしまうと、建築の特徴を生かしたこの構成が出色。「仏教神話に描かれた女神像とミャンマーの社会情勢をリンクさせた彫刻」「縄文土器や古代遺物への関心をパンキッシュに表現した陶芸作品」「広島のリサイクルショップのリサーチをもとにしたインスタレーション」など、個々の作品とじっくり対峙しつつ、それぞれが「現代のアジア」という一本の線でつながっていることを体感できる。

いったいどんな意図でキュレーションされたのだろう?

「見る楽しさ」と「思考すること」を両立させる若手たち

エントランス棟。建物を覆うミラーガラスに周囲の自然が映り込み、美しい景観を形成する

「今回の企画では〝環境〟を大きなテーマとしています」。チーフキュレーターの齋藤恵汰がそう語る。とはいえ、日本語の「環境」はとても多義的だ。土地の周辺や風景も環境だし、人やものごとの〝状況〟も環境。起こった出来事や、もたらされた効果を環境といったりもする。「環境という概念の周辺にただようイメージや出来事を取り上げようと考えました。企画展名の『周辺・開発・状況』もそこから発想したものです」

なるほど、ある種あいまいな「環境」という言葉を、現代アジアのアーティストたちがどう解釈し、何を表現したのか。そう考えると面白い。

「現在の日本では、〝見ることを楽しむ展覧会〟と〝鑑賞者に考えさせるコンセプト重視の展示〟のどちらかに偏ったものが多いですよね。そうではなく、両者が共存する企画にしたかった。作家も、メディウム(素材)に対する関心とコンセプトに対する思考を両立させている若手を選びました」と齋藤。

3つの連続する可動展示室で作品《あなたの塵に映る私の影》(2023)を提示したのは、香港とオランダを拠点に活動する鄭天依。広島のリサイクルショップを取材した映像作品や、昭和の中古品とテクノロジーを組み合わせたインスタレーションでは、人間とノンヒューマンの主体との相互作用に深く踏み込む。人感センサーを搭載した架空のリサイクルショップも出現

例えば、連続する3室の可動展示室で展示をするのは、中国の鄭天依(ジェン・テンイ)。広島の基町にあるリサイクルショップを長期リサーチし、そこで得た中古品や遺棄物を用いたインスタレーションを展開する。昭和の中古品を現代のテクノロジーで動かすインスタレーションも、リサイクルショップを再現したノスタルジックな展示も、純粋に楽しくてワクワクする。と同時に、中古品に宿る、いわば過去の残像に触れた鑑賞者は、作家が追求する概念「〝思いだせない過去に懐かしさを感じる〟という感覚がなぜ起こるのか」へと、考えをめぐらせるのだ。

一方、今回いちばんの若手である久⽊⽥⼤地は、フラゴナールやルドンなど、誰もが見たことのある西洋名画を引用。コピペやサンプリングのような手法で表現した作品を提示する。一見ポップ。でもそれだけじゃない。面白いのは、「古典絵画が現代の情報社会でどう受容されているか」への興味から発想されていることだ。「〝モナリザ〟をネットで画像検索すると、同じイメージがバーッと画面を埋め尽くす。美術史上においてもかなり特殊なその現象を、もういちど美術の範疇に収集することを考えています」と久木田は言う。

壁面には2000年生まれの作家、久木田大地の《FLUID BABY_03》(2024)。名作絵画の要素を反復する/ぼかす/組み換えることで、新たな視覚的表現を探る。手前はコンテンポラリーダンスや現代演劇の衣裳デザインの経験ももつ彫刻家・鈴木操の《Untitled(Deorganic Indecation)》(2023)。基体に嵌め込まれた風船が、周囲の環境によって萎えたり割れたりする可能性を秘めている

さて、可動展示室を渡り歩いた後に待っているのは企画展示室。「〈下瀬美術館〉がエミール・ガレのコレクションで知られていることもあり、工芸的なアプローチをする作家も意識して選びました」と齋藤が語る通り、広島県大竹市の手漉き和紙とインドネシアの布を使ったムハマド・ゲルリや、韓国のオミョウ・チョウ、日本の遠藤薫などの作品が展示されている。

世界で注目されるオミョウ・チョウと陶芸の歴史に迫る遠藤薫とは?

韓国ソウルを拠点に制作。SF作家としても活躍するオミョウ・チョウの《Nudihallucination #1》(2022)。人間の脳細胞を知るうえで重要な生態とされるアメフラシをモチーフに、ガラス、アルミニウム、ステンレススチール、外科用チェーンなどを用いて制作した

「人間の記憶が生態的にもどういう存在になっていくかに興味がある」と話すオミョウ。今後、ソウル市立美術館やNYでの個展も決まっているという、いま世界が注目している若手アーティストの一人だ

なにしろ品がいい。奇抜ではないのに強く印象に残る。それが韓国のオミョウ・チョウの作品だ。自らSF小説を書き、登場するモチーフや生物をアートに昇華させるオミョウについて、齋藤はこう語る。「SF的なコンセプトと工芸的なニュアンスがみごとに融合しているし、韓国のフェミニズム的な流行もふまえている。2024年のアートバーゼルでは若手の筆頭として取り上げられました」。まさに今、世界的に注目され始めている作家の、日本初展示でもあるわけだ。

「テーマは『記憶の転移』です」とオミョウは言う。

「テクノロジーによる未来的な現象やSNSによって、他者の記憶や経験を共有することが、現代ではあたりまえとなっています。そんな環境において、私が強い関心を抱いたのが、人間の記憶というものの在り方でした」。オミョウが今回制作したのは、ガラスと金属という異なる素材を融合させた彫刻作品。脳神経学者の協力も仰ぎつつモチーフに選んだのは、脳神経の研究にも用いられる軟体動物アメフラシだ。「人間の記憶をアメフラシに転移することが可能なのではないか、人間がほかの生態と溶け合うことができるのではないか。そう考えて生まれた表現です」

《Nudihallucination #2》(2022)。異なる特徴をもつガラスと金属が、同じ温度で溶け合うタイミングを探り、両者が融合する過程を視覚化した

土地に根ざした工芸や歴史を基盤に、生活と社会との関係性を紐解き、工芸技法を用いた作品を作る遠藤薫。展示されているのは新作《とるの・とるたす(旅と回転)》(2025)。会場には、牡蠣養殖に使ういかだが組まれている。遠藤いわく「日本列島のかたちをイメージしました。奥の離れた位置に見えるのは朝鮮半島へ向かうイカダ……の見立てです」

さて、会場の奥まったスペース一帯を使い、「旅」と「陶芸」をテーマにしたインスタレーションを展開したのは遠藤薫。「日本の陶芸史が大きく変わったのは、焼き物の技術が朝鮮半島から九州へ伝わり、さらに日本各地へ広まった16~17世紀。その歴史や経路をリサーチし、広島、愛媛の砥部、九州の有田や唐津、韓国……と旅をしてきました。今回展示している焼き物は、現地の人の支持を仰いで自身の手で作ったものです」と遠藤。さまざまな環境に身を置き、現地でろくろをまわし、陶芸の歴史を追体験するように焼きあげた膨大な白磁や焼き締めは、モノとしての強い引力をもっている。

「広島の江田島では、牡蠣殻を釉薬にして陶器をつくる沖山工房さんと一緒に制作しました」(遠藤)

それだけでも十分な見ごたえがあるけれど、真の見どころは、遠藤がリサーチから得た土地の物語や陶工たちの歴史が、映像や構造物やコラージュによって表現されていることだ。そもそも今の日本の陶芸技法は大陸からの知識に基づいている。陶磁器に至っては秀吉の朝鮮出兵を機に日本へ連れてこられた朝鮮半島の陶工が伝えたものだ。さらに、かつて広島には旅に出る人が嚴島神社の砂をお守りとして持っていく風習があったことや、ツアー・旅の語源が、回転するロクロであること。そして、第二次世界大戦末期には自決用として全国の陶工がそれぞれの土地の土と釉薬で制作した手りゅう弾が陶器で作られ市民に配布されたことなども提示されている。

「陶工たちは時に、戦争や大きな力によって翻弄されてきた。ただ、そんな中でも、職人としての誇りをもってベストを尽くし、美しい陶器を作ってきたんですよね。そういう営みの中で日本の陶芸が作られてきたことが、伝わったらいいなって思います。祈りを込めて、広島平和記念公園の折り鶴の灰を釉薬に用いました」

かつて旅人たちが御守りとして持ち運んだという宮島の砂。その砂を使って焼かれた陶器「御砂焼」をリサーチし、コラージュのような作品とした。棚に並べられたのは、遠藤が作った御砂焼の器だ

オミョウは作品の中に生命の未来を描き、遠藤は過去から現在への長い時間も提示した。もちろんほかのアーティストたちも、それぞれに問題意識をもって「環境」に臨んでいる。彼らの挑戦的で刺激的な表現が、世界で最も美しい建築の中からくっきりと立ち上がってくる。

Information

〈ベルサイユ賞〉受賞記念特別企画展
『周辺・開発・状況 — 現代美術の事情と地勢 —』

■会期
2025年4月26日(土)~7月21日(月・祝)

■営業時間
9時30分~17時(入場は16時30分まで)
月曜日休館(祝日の場合は開館)
 
■場所
下瀬美術館
広島県大竹市晴海2-10-50
 
■入場料
 一般2,000円

■アクセス
大竹ICより車で5分。JR大竹駅/玖波駅より市営バス。

下瀬美術館のHPはこちら

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