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2025.05.28
【後編】自然と人間って分け方をもうやめた方がいいと思う / 連載「作家のB面」 Vol.33 鈴木ヒラク
Text / Yu Ikeo
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話を深掘りする。
鈴木ヒラクさんの「海と記号」展がポーラミュージアムアネックスで開催中。海をテーマにした作品群は、これまで都市の記号を採集していたところからの原点回帰でもある、とヒラクさん。そんな前編での話を踏まえて、後編では人と自然、あるいは都市と自然について、ヒラクさんの視点を掘り下げる。
すべてを包含する海


ポーラミュージアムアネックスで発表している16点の新作シリーズ「海と記号」の前から後編をお届けする
──今展覧会では、海の中を思わせるような大きな作品が円状に配置(「海と記号」)されていて、ストーリー性を感じました。
一つ一つの作品は、まず何かがうごめくような青い下地を作り、そこから光る記号を発掘するつもりで、シルバーのインクだけを使って即興で描いています。全体としては、海の中で生まれた生命が進化していく流れを意識しました。はじめに小さな波の揺らぎがある。そこから単細胞生物が誕生し、細胞が分裂したり、細胞同士が出会ったり、螺旋を描いたりして、最後また小さな波に戻っていくっていう。でも海は宇宙、細胞は星と言い換えてもいいんです。星が爆発するようなシーンもあり、ミクロな海中の世界とマクロな宇宙の物語が入れ替わりながらストーリーが続いていきます。1枚の絵が絵本のページにように一つのシーンになっていて、それぞれに前後関係があって16枚で一つの物語になる。そして、それらを歩いて見ながら脳内で映像的にモーフィング(ある画像から別の画像へと、連続的に変形していくCG技術)させていけるような展示空間づくりを試みました。

ーー生命が生まれ、さまざまに変化して最後は何もなくなる。そして、また振り出しに戻りたくなる感じがあります。
そうです。最後のシーンまできたら、はじめに戻る。そうやってぐるぐる循環していく。でもこれって海や宇宙の話だけではなくて。そういう大きな流れの中で、人間が文字や記号を発明して、文明を築いていくという人類の物語も織り込まれています。
ーーたしかに言われてみれば、前編であったように、プランクトンの形が文字にも見えてきます。青い背景とシルバーの組み合わせは「Casting(Ocean)」の作品群にも共通していますね。
古書店で見つけた博物館のカタログのページを切り抜いて作るシリーズです。長いこと続けていますが、今回は背景が青いものだけを集めて一つの集合体として展示しました。タイトルをCasting(=鋳造)にしたのは、古代の遺物の写真の輪郭をなぞって、切り抜いて、ステンシルを作り、そこにシルバーのスプレーを吹き付けるという制作方法が、鋳造の型取りや鋳込みという工程を、平面上で象徴的にやっているからです。鋳造ではネガとしての型に液状の金属を流し込むことでポジを作りますが、この作品でもネガ・ポジ反転によって過去の遺物が新しい物体として現れてきます。

ポーラミュージアムアネックスで展示しているシリーズ「Casting(Ocean)」
――青の背景に対して、シルバーの塗料で人工物らしき形が浮き出ている。海という有機的なものと人工的なものが不思議とリンクしているように見えます。
壺や人形といった遺物の影だけが残っているんですが、過去の記憶(物)を型として、新しい記憶がポコッと生まれる。実際、それぞれの遺物は中国、アフリカ、ギリシャなどと、その出自も文脈もさまざまですけど、それらがすべて光を反射する物体として現れてきて、背景は全部海のような青、という。文明というものは水辺、特に川辺などで生まれていて、必ず海に辿り着くわけですよね。作品の集合を通して、そういうあらゆる文明の起源としての海の記憶が見えてこないだろうかと思って構成しました。人間が作り出した遺物たちが、海に沈んでも海底でまだ光っているようにも見えるかもしれません。
「海と記号」にも「Casting(Ocean)」にも、人為的な記号の断片が無数にちりばめられている。その意味で、2つは結びついている作品です。
流動するものとしての都市

――会場入ってすぐのところに今展覧会のステイトメントと図形がありました。あの図形は何を示しているんですか?
去年の夏、タイの東北地方にあるパーテムという洞窟壁画を調査しに行った後に、バンコクに滞在していたんです。夜中にチャイナタウンを1人で散歩していたときに、あのダイアグラムを思いついて、近くの中華屋でパッと描きました。バンコクは20年以上ぶりでしたが、相変わらずカオスを感じました。やっぱり東京にしろ、ニューヨークにしろ、都市からどんどんカオスが失われてきている。それって、Google Mapsが地球外からの衛星画像で、もう地上を全部網の目状にマッピングしちゃって、均質化が進んだからとも言えるんですけど。特にコロナ以降は、都市を歩いてもワクワクしなくなってきたなっていう感覚があったんですけど、まだまだ細部を見ていけば都市にはポテンシャルがあると思いました。
――具体的に、多くの都市で失われつつあるカオスとは?
たとえば、チャイナタウンの音や光の濁流のような雑踏から横道に外れて、黄色い提灯がバーっと吊り下がっている小道に入っていくと、闇の中でいろんな魚介類やスパイスの匂いがして、小さな店がひしめいている角を曲がると、いきなり静寂の中に金色のお寺が現れて無数にろうそくが立っている、みたいな。そういうときの感覚は、海の底の岩陰で見たことのない生き物に遭遇するときに近いというか。奥へ奥へと進みながら発掘をしていく感覚ですよね。バンコクでは湿気とともに都市を漂流しながら、そういう平面上でマッピングしきれない空間と時間のうねりのようなものを感じて。そのときに、都市も海として捉えられるんじゃないかと思ったんですね。

――都市の再発見は、海の再発見でもあったと。
そもそも僕たち人間を含めて生命は海から生まれたし、文明や都市は海からやってきているとも言える。そして、都市には海のような流動性がもともと備わっているんですよね。だから、ワクワクしながらダイブする感覚で都市を歩くっていうことを、久々に思い出したんです。
ーー都市の中に海のような流動性がある、という見方はおもしろいですね。
都市は無数の記憶や記号の集積だったりしますけど、ずっと続いていくものではないんです。かつて水没した古代都市もあるし、海からやってきて、海に帰っていったりする。都市自体を流動的なもの、むしろ一つの瞬間として捉えることもできるのでは。そんなことを図にしたのがあのダイアグラム。そこから「海と記号」というタイトルを思いついたんです。
チューブ=抜け道を探す

──都市は一見、人工物ばかりのようにも思えます。だからこそ、そこに海を見出すのは興味深いです。
都市を顕微鏡で見たら、ビルの外壁は砂粒だし、アスファルトは化石燃料なので海中古生物の化石ですよね。僕たちはアンモナイトの上を歩いているのかもしれません。それに人間の内側にも野性が残っていて、理解できない感情の波もいっぱいある。それに気づくっていうことだと思うんですよね。だから都市においても、人間がすべてを理性的にコントロールできているわけではないし、むしろ都市をそういう流動的なものにしていった方が面白いんじゃないかと思います。
──逆に、開発や管理が行き届いた都市というのは、ヒラクさんにとってはつまらないのでしょうか?
でも、どんな都市でも抜け道は必ずあると思っていて。僕はこの世界に存在するさまざまな線をチューブとして捉えることで世界の見え方が変わるということを本でも書いた(※1)んですが、その見方をすれば、大都会でもビルの隙間なんかの些細な場所に、どこか別の場所と繋がるループホールが見えてくる。またこういう展覧会にも、チューブの要素はあると思うんです。銀座のビル群の中にあって、会場に入ると、ワームホールみたいな場があるわけじゃないですか。だから、自分でそういうチューブを作り出すこともできるんじゃないかってことを、最近は考えますね。
※1……著書『DRAWING ドローイング 点・線・面からチューブへ』のこと。人の移動も、植物が伸びる成長も、イソギンチャクの触手の揺らぎも、目に見えるか見えないか、痕跡を残すか残さないかに関わらず、世界にはさまざまな線が描かれている、とするヒラクさんのドローイング論。
──チューブ的なものを探すだけじゃなくて、自分が作ってしまうこともできるという。
そうですね。都市を観察対象にするんじゃなくて、自分もそこにいる一つの生き物として、都市のあり方に働きかけることもできるんじゃないか、と。その可能性を考えたりしています。たとえば最近はパブリックアートを作ることが多くて。それこそ、都市の生態系に大きなインパクトがある。そこにあり続けることで、周囲の環境の変化を受け止めながら、環境そのものになっていく。都市に、そういう装置としてのパブリックアートを入れることで、今ここの利便性だけにフォーカスしている都市空間に、何か太古の記憶や未来の記憶みたいなものを引っ張ってくる通路を作り出すことができるんですよね。

《点が線の夢を見る》制作風景 2017年 大分市中央通り線地下道におけるパブリックアート作品 Photo by Yuji Takeki ©︎ Hiraku Suzuki Studio

《光と遊ぶ石たち》2022年 十和田市地域交流センター(設計:藤本壮介)の常設壁画 Photo by Kuniya Oyamada ©︎ Hiraku Suzuki Studio
ーーパブリックアートにしかできないことでもありますね。
パブリックアートって保存は難しいけど、ゼロにはならない。壊されたり、上塗りされたとしても、層としては残っていくこともあるだろうから、それこそ何千年後とかに発掘されるかもしれない。僕にとって作品を作ることは、新しい遺跡を作ることでもあると思います。今、目の前の人間社会に対して作っているっていうだけじゃなくて、もっと過去とか未来だったり、人間以外との関わりが織り込まれているものを作っている感覚。
ーー都市の中で抜け道を探したり、自分で作ったりもできる。世界の見え方が大きく変わりそうです。
そうですね。都市と自然、人と自然みたいなざっくりとした分け方を、僕たちはしてしまいがちですが、もうやめた方がいいんじゃないかなと思うんですよ。本当はね。

Information
鈴木ヒラク「海と記号」
ドローイングの概念を拡張するような作品制作で知られる鈴木ヒラクによる、海をテーマにした個展。中心となるのは、作家がはじめてストーリー性のある作品に挑戦したという、青の背景にシルバーで描かれた16点組の連作「海と記号」(2025)。あわせて、考古学的遺物の写真をシルバーで塗り消すことで青の背景が浮かび上がる《Casting(Ocean)》(2025)や、新作映像インスタレーションも展示。海を介して、都市/人と自然の境界や関係性の捉え直しを試みます。
会期:2025年4月25日(金)~6月8日(日)
会場:ポーラ ミュージアム アネックス
住所:東京都中央区銀座1-7-7 ポーラ銀座ビル3階
公式サイトはこちら
ARTIST

鈴木ヒラク
アーティスト
1978年生まれ。2008年東京芸術大学大学院美術研究科修了。2011年ロンドン芸術大学チェルシー校に滞在後、アジアン·カルチュラル·カウンシル(ACC)の助成によりアメリカに滞在。2012年公益財団法人ポーラ美術振興財団在外研修員としてドイツに滞在。2023年文化庁芸術家在外研修員としてフランスに滞在。主な個展に『今日の発掘』群馬県立近代美術館(群馬、2023年)がある他、これまでに金沢21世紀美術館 (石川、2009年)、森美術館 (東京、2010年)、銀川現代美術館 (中国、2016年)、MOCO Panacée (フランス、2019年)、東京都現代美術館 (東京、2019-2020年)など国内外の美術館で多数の展覧会に参加。2016年よりプラットフォーム『Drawing Tube』を主宰。音楽家や詩人らとのコラボレーションやパブリックアートも数多く手がける。作品集に『SILVER MARKER―Drawing as Excavating』(HeHe、2020年)など、著書に『ドローイング 点·線·面からチューブへ』(左右社、2023年)がある。
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