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2026.05.13

生活と孤独、生活とアート 〜準備中・五木〜 / 小原晩の“午後のアート、ちいさなうたげ” 最終回

Text / Ban Obara
Photo / Tomohiro Takeshita
Edit / Yume Nomura(me and you)

『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』などの著作で知られている小原晩さんが、気になるギャラリーを訪れた後に、近所のお店へひとりで飲みに出かける連載、「小原晩の“午後のアート、ちいさなうたげ”」。「アートに詳しいわけではないけれど、これからもっと知っていきたい」という小原晩さん。肩肘はらず、自分自身のまま、生活の一部としてアートと付き合ってみる楽しみ方を、これまで自身の言葉で綴ってきました。

第11回目となる今回で、連載は最終回を迎えます。学芸大学にある準備中・五木で開催していた森ひなた『徒歩』を観たあと、連載のはじまりと終わりを振り返りながらおめでたくお寿司をつまみました。これまで出会ってきたアート作品のなかにあった、ものをつくるひとが引き受けてきた時間の孤独と、自分が響き合っていた日々のこと。

 うっすらとした晴れやかな日に、学芸大学にある「準備中」という名前のギャラリーに向かって歩いていた。
 この「準備中」では、去年、イラストレーターの竹井晴日さんとふたりで展示をしたことが記憶にあたらしい。私が短い小説を書き、それをうけて晴日さんが絵を描いてくれた。
 展示をすると、人が来てくれる。ひらいておいてなんだけれど、不思議である。自分を見てくれている人はいたのだ、そうわかるたび、すごくおどろく。目を合わせること。手のふるえていること。言葉のすくない人。たくさん話す人。もらった言葉や表情を、いまもうれしく思いだす。

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  • #小原晩 #連載

 「準備中」には、看板がない。しかし、大松、という字は消されることなく残っている。もともとは「寿司大松」という寿司屋だった場所を、いまのかたちに改装したのだという。けれど、すっかりあたらしくしてしまうのではなく、そこにあった時間の名残を、できるだけそのまま残しているらしい。なるほどと思う。長いあいだ風に当たってきた戸や、少し色あせた文字が、そのままこの場所の顔になっている。気取らないのに、どこか凛としていて、いい面構えである。
 裏手にまわると、「五木」というギャラリーがあり、こちらも、もとは「五木」というスナックだったそうで、同じように、以前の姿を大事にしている。

 今回やってきたのは森ひなたさんの個展「徒歩」である。「準備中」と「五木」の、ふたつの場所を使っている。

 森さんの絵は、おもしろい。
 ぱっと見ると、なんかいいなと思う。それだけのことのようでいて、そのなんかが、あとを引くような感じがある。
 じっと眺めていると、これはなんだろうか、と考えはじめる。あれに似ているようでもあり、いやちがうようでもあり、どこかで見た気もするけれど、思いだせない。そんなふうに、心のなかで行きつ戻りつする。そのあいだにも、色がいいなとか、線がいいなとか、重なり方がいいなとか、筆の運びに、妙に気持ちのよいところがあるなとか、そんなことをぽつぽつと思う。

 やがて、理由もなく、胸の奥にしみてくる。うらさびしい日の明るさ。くちぶえを吹いているときのうわずった孤独感。かなしみの底についたあと、ごく自然に浮上する心の頼りがい。そういうものが思い出される。
 森さんは、鉛筆や色鉛筆、クレヨンなど、みんなに馴染みのある画材を用いて絵を描いている。色合いもやわらかくて、どこか可愛らしい感じもあるので、一見親しみやすそうである。けれど、どういうわけか、緊張感がある。やさしいとかそういうものだけではすまないものが、紛れ込んでいるような感じ。

 二周目はタイトルを確かめながら、絵を見ることにする。どれもいい名前がついている。たとえば、「ふたつの家」「草餅」「お水のいれもの」「ローロー」「バーバー」「ピンク蟹」「春の絵」「徒歩」「水道」「木」「正座」。
 タイトルを見てから絵に戻ると、そうか、これがそうなのかと、すこしおくれて腑に落ちてくる。絵に少し近づけたようで、うれしくて、口もとがゆるんだりする。

 ひととおり見終えたところで、「準備中」の小田原さんが、森さんのことを話してくれた。
 彼女はほんとうを描こうとするからこそ、描いては消し、消しては描くことを何度も何度も繰りかえすのだという。せっかく大きな絵を描いたのに、切って小さな絵にしたりすることもあるらしい。それで、ふつうに後悔することもあるらしい。
 わたしは、その話を聞いて、なんて信用できるひとだろうと思った。ずいぶん遠まわりなことをしているようでいて、その実、すさまじくまっすぐだ。ためらいがないわけではないのに、戻らないところまで進むしかないその感じ。それは、途方もないだろう。それは、思いきりがよすぎるだろう。それは、意味などから遠く離れた、感覚よりも先にある、なによりたしかなものだろう。ほんとうの絵が完成するのはものすごいことだと思う。

 「準備中」をでて、その足でお寿司屋「潮騒」へむかう。
 カウンターに座って、ひとりちいさな宴としよう。瓶ビールをあける。小さなグラスに静かに注ぐ。泡が立って、すぐに落ちつく。それを、ひと口。この連載で、何杯のビールを飲んだだろう。のんでも、のんでも、おいしくてありがたい。

 好きなようにお寿司を頼めるのが、ひとりごはんのうれしいところである。えび、えび、まぐろ、たい、芽ねぎ、芽ねぎ、炙りサーモン、うに、いくら。好き放題である。ひとくちずつやってくるごちそうにうっとり。

 お祝い事というのは、放っておけばどこかへ沈んでしまうから、こちらから積極的に引き上げなければならないと思っている。だから今日は、意識して祝おうと思う。この連載がはじまって終わることを。
 ギャラリーでアートを見て、近くのお店で軽くお酒を飲む。そんな休日みたいなこの連載がはじまってから、もう二年弱が経つのだろうか。短かった髪も長くなり、硬かった表情も少しずつ柔らかくなってきたのは、優しいひとたちに囲まれたからである。
 思い返してみると、迎え入れてくれたギャラリーのひとたちは、みなさんやさしかった。決して気むずかしいような感じでこちらを威圧しなかった。ただ素直にアートをあいしているようだった。その愛情は、こちらの内側までしみてきた。作品のことも自分の感覚で受けとめ、自分の言葉で教えてくれた。そのアーティストの印象に残っている話などをぽつぽつきかせてくれた。その時の顔が、みんなどこかうれしそうに見えて、わたしはそれがうれしかった。
 そういう時間のなかで、わたしはだんだんと、アートに馴染んでいったのだと思う。わからないことには、わからないと思ってもいい。知識がなくても、心はうごく。そのときにふれる、たしかな手ざわりのようなもの。それを大事にしたいと思う。
 気がつけば、さまざまな街で、さまざまなおいしいものを食べた。その街の空気のなかで口にする味は、ただおいしいというだけではなく、輪郭をおびて記憶に残る。お店の明かりや、通りのにおい、歩いてきた道すじまでが、ひとまとまりになって、あとからあとから立ち上がる。これからも、展示を目当てに、知らない街へ足をのばしてみたいと思う。そして、そのすぐそばで、なにかひとつ、おいしいものを食べたいと思うし、一杯やりたいと思う。

 アートを見る意味はなんですか、と聞かれることがある。「何の役に立つのか」とか「ようするにインプットなのか」とか、そういう聞き方である。そういう質問は、どこか的を外しているように思う。インプットとかアウトプットとかそういう話ではない。意味があるかどうか、という話でもない。そのときの自分と、目の前のものとが、どう響きあうのか。そこにしか、実体はない。

 ものをつくる時間には、必ず孤独がともなう。これは避けようのないことで、むしろ、その孤独を引きうけるところからしか、はじまらないのかもしれない。だから、わたしはアートに励まされる。描いたひとの、つくったひとの、それぞれに引き受けてきた孤独の時間。その積み重ねを思うと、自分もまた、ここにいてよいのだと、自然に思えてくるからだ。
 孤独というものは、ただ重たいばかりではない。磨かれて、澄んでくるようなところがある。それを、美しいと思っている自分がいる。
 作品のなかには、そうやって過ごしてきた時間の温度が、そのまま残っているように見える。それは、どこか帰る場所のようだと思う。逃げるための場所ではなくて、戻っていく場所だ。
 すべての孤独に、きっとアートはひらかれている。だから、ことさら恐れることはない。生活と孤独が切り離せないものである以上、生活とアートもまた、むすびついているはずなのだから。

本日のアート

準備中・五木

森ひなた『徒歩』

◼会期:2026年3月20日(金)〜3月29日(日) ※会期終了
◼住所:東京都目黒区鷹番3-4-24
◼入館料:無料

Websiteはこちら

 

本日の宴
寿司 潮騒

◼住所:東京都目黒区鷹番3-1-4 1F
◼営業時間:12:00〜23:00(平日は15:00〜17:00休み)


公式サイトはこちら

Information

小原晩さんの初小説集『風を飼う方法』が河出書房新社より刊行されました。

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『風を飼う方法』
著:小原晩
価格:1,650円(税込)

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DOORS

小原晩

作家

1996年、東京生まれ。作家。2022年3月、自費出版にて『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を刊行。2023年9月、『これが生活なのかしらん』を大和書房より出版。

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