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REPORT
2025.08.13
アートを通じて「異なる感覚の行ったり来たり」を暮らしのなかで楽しむ / 展覧会「Beyond the WINDOW ―クリス智子と暮らしとアート―」レポート
Photo / Daisuke Murakami
Edit / Quishin
ARToVILLAでは2025年7月30日(水)〜8月5日(火)の期間、ラジオパーソナリティ・クリス智子さんとともに、展覧会「Beyond the WINDOW ―クリス智子と暮らしとアート―」を開催しました。
「アートとは窓のように、好奇心の扉を開いてくれるもの」とクリスさんは語ります。クリスさんが監修した本展には、有馬晋平さん、潮工房の小西潮さん・江波冨士子さん、康夏奈さん、都築まゆ美さん、フランシス真悟さんの6名5組が出展。素材や色、モチーフ、質感──異なる作品同士の“あいだ”に物語が立ち上がるその空間は、訪れた人に、アートとの新たな関わり方を見つけさせてくれる“窓”のようでもありました。
また、有馬さんとフランシスさんを迎えてのトークセッションは、「意識と無意識」「用と無用」など二項対立で語られがちなキーワードを通して、“異なる感覚を行き来できるアートのおもしろさ”に気づかされる内容でした。展覧会全体を通しても、「意味を見出すこと」よりもまず、「行ったり来たりそのものを楽しんでみる」という視点が、暮らしにアートを取り入れるヒントとして浮かび上がってきました。
「作品同士の間にストーリーを見出す」クリス智子の遊び心を散りばめた空間づくり
クリス智子さんが監修した展覧会「Beyond the WINDOW ―クリス智子と暮らしとアート―」は、大丸東京店10階の「ART GALLERY 1」で開催され、初日から人の出入りが絶えず賑わいました。
ウィンドウ展示を飾ったのは、フランシス真悟さん。
「暮らしのなかでアートを楽しむイメージを膨らませてもらえるような展覧会にしたい」というクリスさんの想いから、フランシスさんの作品横には、クリスさんがご自宅で愛用している藍色の壺も並べて展示したと言います。


フランシス真悟さんの展示コーナー。中央はコロナ禍に描いた作品
空間を設計するうえでクリスさんがこだわったのは、普段からのアートの楽しみ方を体現すること。
作品同士の間にストーリーを見出し、そのストーリーが浮かび上がってくるように配置で遊ぶ。配置の遊びによって、ひとつの作品では生まれえなかった新たな風景が、空間に生み出されます。

「展示の空間は、それぞれの作家さん同士がバラバラにならず、その間につながりが生まれるといいなという思いでつくらせていただきました。たとえば入り口の正面に配置した、杉の木から生まれた有馬さんの《スギコダマ》、その奥の壁に展示した康さんの森の作品、横に並べた潮工房・冨士子さんの小鳥のガラス作品からは、まるでそれらがひとつの風景を成しているように見えてくる。そんな意図で設計しました」

康夏奈さんの展示コーナー。壁に展示されるのは《Chopped Forest》など自然をテーマに制作された作品群

有馬晋平さんの《スギコダマ》の作品群

江波冨士子《小鳥》
また、右手側に広がる潮工房の小西さんと江波さん、都築さんの作品が集まった一角は、「人の気配を感じさせる」という共通点を見出して、生まれたコーナー。
「都築さんの作品はすべての作品に人物が登場しているわけではないけれども、共通して何か人の気配を感じますし、潮工房のおふたりが手がけるガラス作品も、光と影がどことなく人物を感じさせます。両方とも、家のなかをちょっと想像できるような空間にできればという意図で設計しました。そういうふうに、私が普段から暮らしのなかで楽しんでいる『ものや空間との小さな会話を通して、風景をつくること』を、アートの楽しみ方のひとつとして提案したいと、いたるところでかたちにさせていただいています」


都築まゆ美さんの作品。リソグラフの作品、油画が出展された

小西潮《潮風を編む》
アートは「意識と無意識」両方に作用するもの
また、展覧会ではクリスさん、有馬さん、フランシスさんの3名によるトークセッション「アートと暮らしをたのしむはなし」も開催され、それぞれの作品づくりへの想いとともに暮らしのなかでアートを楽しむ視点についても語られました。

鎌倉とロサンゼルスを拠点に活動するフランシスさんは、自身の代表的シリーズである《Interference》について、“観る”という行為を突き詰めて生まれた作品であることを明かしました。
「大学院に通っていた頃、パソコンやタブレットなどの画面を通じて作品を見ることを“観た”という人が多くて、多くの人にとっては『それが観たという感覚になっているんだ』と気づきました。そこから僕としては、実際に足を運ばないとわからない作品をつくりたいと思ったんです。《Interference》シリーズは、光が当たって反射すると、その反射の仕方によって色の見え方が変わります。反射すると青になり、反射しないと反対色のオレンジや黄色になる。画材として使っている雲母の切り出し方が、『ふたつの色の行ったり来たり』を実現していて、観賞する人の立つ角度や時間帯によって見え方が変わります」

フランシス真悟《Interference》シリーズの作品。タイトルは《Cosmic Illumination(Blue)》
ふたつのことを行ったり来たりすること、あるいは、その狭間にあるものを楽しんでみること。有馬さんのお話からも、代表作であるスギコダマは、このような感覚を大切にして生まれている作品であることが見えてきました。
大分県を活動拠点にする有馬さんが、杉という素材に惹かれたのは20代前半の頃。あるとき訪れた材木店で一枚の杉の板に出会い、それまで見てきた樹齢50年ほどの杉とは「何かが違う」と衝撃を受け、板を購入。そこから生まれたのが、以来20年ほどつくり続けるスギコダマでした。足を運んで知り得た樹齢や、杉の出身地などが刻まれており、その土地の歴史や人々の営みまでを内包しているという特徴があります。

有馬さんは、アートとはスギコダマのように、存在の背景にある言葉や映像といった情報をおもしろがれるだけではなく、私たちが理解できていないこと──つまり、私たちの「無意識」にも入り込んできて、何かをもたらしているものだと言います。
「たとえばニオイというのは、テキストや映像などの形にならないものだから認識しづらいけれど、このスギコダマは僕らが意識しないうちにもニオイを発していて、それが僕らの無意識に作用しているんです。それから、スギコダマは僕とクリスさん、あるいはフランシスさんとのコミュニケーションツールにもなっていて、目には見えない媒介的な役目を果たしているとも言えます。木は機能性で語られることが多いですが、元々は僕らと同じくそこに存在しているだけのもの。スギコダマはそういう、無用か有用かだけじゃない、その間にあるものや、無意識のうちに何かが起こっていることを楽しむ余裕みたいなものをもたらす存在になれるんじゃないか。そんな意識で杉を削っています」

フランシスさんも「アートはじーっと観て意味を探すだけではなく、ぼーっとしているときにチラリと視界に入り込んできて、そこからエネルギーをもらえたりするもの」と無意識のうちにもたらされる作用について語りました。

ふたりが響き合ってなされる会話に、クリスさんも、「このまま何時間でも話せそうです」と笑顔。イベント終盤には、このような思いも口にしました。
「今って、役に立つか・立たないか、必要か・必要じゃないかがあまりにも問われたり、その線引きを求められがちだと思います。だけど、物事の間に、ピッと線を引いてしまわず、曖昧なままでもいい──私はそんな感覚を大切にしたいと思っています」
組み合わせの化学反応、その喜びは誰かと共有することができる
クリス智子のインタビュー記事はこちら
展覧会会場では、「来場してくださった方々から、『明るい』『エネルギーをもらえる空間』という声をかけていただきました」とうれしそうに明かしたクリスさん。
「私としても改めて、今回、展示・販売させていただいた作品たちからは、脈々とした力が伝わってくると思いました。一人ひとりの作家さんの力がそうさせることはもちろん、ご来場された方々とお話するなかで、いろんな作品が集まったことによって生まれた反応だったと感じることができました」

作品同士の組み合わせや、作品を空間でどう活かすかという試行錯誤を、暮らしのなかで楽しんでもらいたい──。そんな思いで企画された本展でしたが、訪れた方々がまさに、組み合わせによって起こる化学反応を楽しんでいる様子が伺えました。
この作品を家のあそこに置いてみたらどんな風景になるんだろう? 向こうにある作品と組み合わせると、こんな風景が生まれるかも?
自分の好奇心に従って、「作品や空間のいろんな行ったり来たり」を暮らしのなかで楽しんでみる。その行ったり来たりがどういう意味を持つかという有用性よりも、過程自体が楽しいという喜びを共有し合う──。そんな風景を垣間見ることができた、展覧会「Beyond the WINDOW ―クリス智子と暮らしとアート―」でした。

DOORS

クリス智子
ラジオパーソナリティ
大学卒業時に、東京のFMラジオ局 J-WAVE でナビゲーターデビュー。暮らし、デザイン、アートの分野を得意とし、長年ナビゲーターを務めた平日お昼のワイドプログラム『GOOD NEIGHBORS』では2,000人以上のゲストを迎え、心地よいトークを届けてきた。2024年4月からは『TALK TO NEIGHBORS』で、より時間をかけてひとりのゲストと濃密なトークを繰り広げる。
ARTIST

有馬晋平
アーティスト
1979年、佐賀県生まれ。大分県在住。 造形作家。日本中に植林されている樹木「杉」を使い造形活動を行う。代表作である「スギコダマ」と名付けられた作品は、柔らかい曲線に杉を削り出すことで独自の存在感を現し、 人の五感を柔らかく刺激する。 国内外で作品展示を行い、文化施設等に作品を設置している。
ARTIST

フランシス真悟
アーティスト
1969年、カリフォルニア州サンタモニカ生まれ。ロサンゼルスと鎌倉を拠点に活動。絵画における空間の広がりや精神性を探求し続けているアーティスト。代表作として、幾層にも重ねられたブルーの抽象画や、深い色彩のモノクローム作品の他、特殊な素材を使用し観る角度によってさまざまな光と色彩が立ち現れるペインティング「Interference」シリーズが知られる。DIC 川村記念美術館(千葉、2012 年)、ダースト財団(ニューヨーク、2013 年)、市原湖畔美術館(千葉、2017 年)、セゾン現代美術館(長野、2018 年)、マーティン美術館(テキサス、2019 年)、 銀座メゾンエルメスフォーラム(東京、2023 年)、茅ヶ崎市美術館 (神奈川、2024 年)など 国内外の多数の個展、グループ展に参加。JP モーガン・チェース・アートコレクション、スペイン銀行、フレデリック・R・ワイズマン財団、森アートコレクション、セゾン美術館、植島コレクション、東京アメリカンクラブなどにコレクションとして収蔵。
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