- ARTICLES
- プロ生活17年「私生活はバスケから離れるからこそ、コートで爆発できる」プロバスケットボール選手・西村文男の心・頭・体をリラックスさせるアート / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.38
SERIES
2025.08.13
プロ生活17年「私生活はバスケから離れるからこそ、コートで爆発できる」プロバスケットボール選手・西村文男の心・頭・体をリラックスさせるアート / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.38
Edit / Quishin
Photo / Daisuke Murakami
自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。
お話を聞いたのは、男子プロバスケットB1リーグで活躍する西村文男さん。プロ17年目を迎えるベテランのガードでありながら、アパレルブランドの代表も務めています。アートの世界に興味を持った原点は、25年前に購入した一本のデニムパンツ。「ファッションに興味を持ったことが、バスケ以外で自分の気持ちを高める術を身につけたきっかけだった」と明かしてくれました。
個人のYouTubeチャンネルでは洋服やアート、カードコレクション、愛犬を紹介するなど、多趣味なライフスタイルを公開する西村さん。私生活では意識的にバスケから離れ、心も頭も体もリラックスできる過ごし方をすることが、長年、第一線で活躍し続ける秘訣であることが見えてきました。
黒沢祐子 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.37はこちら!
# はじめて手にしたアート
「芸術の世界に広く興味を持つようになった原点は、中2の頃に買ったデニムパンツ」

はじめて手にしたアートと聞かれて最初に思い浮かんだのは、イラストレーターの田村大さんが自分のことを描いてくださった絵ですね。
もう、6、7年くらい前になるのかな。BTSやNBA選手のイラストを手がけるなど、今や世界で活躍する田村さんが、当時、僕の所属するチームの選手を一人ひとり描いてくださったんです。

僕自身は小さい頃から絵を描くのが好きで、ガンダムを描いたり、姉の影響でセーラームーンを描いたり。一人暮らしをしていた大学時代も、雑貨屋さんで購入したアートポスターを家に飾っていたり。そういうふうにずっと、浅いところでアートの世界に惹かれてはいたけど、大人になってからもしばらくは、自分が本物の作品を持つことまで想像していませんでした。
それが、田村さんに作品をプレゼントしていただいたとき、「カッコいいな」って感動して。すごくうれしくて。そこから絵に興味を持ちはじめました。

その後、チームがリーグ優勝した際も、田村さんがイラストを描いてくれた
いわゆる「アート作品」と言われるものを手に取った感覚になれたのは、田村さんの作品がはじめてなんですけど、もうちょっと広げて考えたとき思い浮かんだのが、中学2年生の頃に買ったEDWIN(エドウィン)のデニムパンツ。
このデニムパンツは、芸術の世界に広く興味を持つようになった原点だと思います。
# アートに興味を持ったきっかけ
「洋服のいろんな組み合わせを楽しむなかで、『ファッションとは個性を表現するもの』という想いを深めていった」

西村さんが中学2年生の頃に買ったEDWINのデニムパンツ
当時付き合っていた子とのデートに着て行くために、「はじめて自分で選んだ服」なんです。
値段はたしか、1万5千円くらい。それまでは親が買ってきた服をただ着ていたのですが、ジーンズセレクトショップのRight-onに行って、「どうしてもあれが欲しい」って、親にせがんだ記憶があります(笑)。
このことをきっかけに、徐々にファッションの世界にハマっていきました。高校生の頃は、毎月7、8冊のファッション誌を買い漁って読んでいましたね。特に、KinKi Kidsの堂本剛さんのファッションに影響を受け、大学の頃は髪型をアシンメトリーにしたり、短パンにレギンスを履いてブーツで合わせるような格好をしたり。
いろんな組み合わせを日々楽しむなかで、「ファッションとは『自分はこういう人だ』って個性を表現するものだ」という想いを、どんどん深めていきました。服は僕にとってそういう存在だったので、アスリートコースで学んだ大学時代も、周りがジャージやスウェットで授業を受けているなか、自分だけ4年間ずっと私服で登校し続けていました。
大人になってからアパレルの知り合いも増え、2018年に自分でenonceというファッションブランドも立ち上げたりしたことで、つくる人へのリスペクトもより深まりました。今では洋服もアートのひとつだと捉えています。

界的デニム生地メーカー「カイハラ」の素材を使ったenonceのデニムジャケット。「めちゃくちゃ一球入魂でつくってもらっていて、これが僕にとっては自分の作品のようなもの」
また僕は、漫画やゲーム、釣りも好きで、YouTubeでも「多趣味だ」と公言していますが、思えばバスケ以外で自分で自分の気持ちを上げられる術を身につけることができたのも、ファッションがきっかけでした。
# 思い入れのあるアート
「胸がグッと熱くなるような、エモーショナルな感情を誘う作品が好き」
本格的にアートを購入するようになったのは、数年前に今の家に引っ越してから。リビングや玄関には、笹倉鉄平さんの絵を飾っています。
自分はけっこう、ロマンチストなところがあるなと思っていて。夕焼けの街並みとかきれいな海とかを見て、胸がグッと熱くなったりする。絵も、そういうエモーショナルな感情を誘うような風景画が好きなんですよね。
そういうタイプの自分にとって、笹倉さんは本当にもう、ドンピシャで。タッチに優しさを感じられることとか、絵のなかに動物が描かれていたりすることとか、世界観にすごく共感するんです。


それから、漫画『シティーハンター』の作者である北条司先生の展覧会で購入した、サイン入り複製原画。
小学校の頃はシティハンターのアニメ放送を見てからバスケの練習に行っていました。その頃から主人公の冴羽獠が大好きで。いつもフザけているのに、やるときはやる。そのギャップがいいんですよね。自分の選手としてのプロフィールにも、尊敬する人・冴羽獠と書いています。

子どもの頃から親しんできたもので言ったら、デスクの上に並べている遊戯王カードも。

友人が、資産的な価値もあることを教えてくれたことをきっかけに集め始めたのですが、僕としては売るためではなく、自分のテンションを上げるために集めて、飾っています。
そういう意味では、これもアート的な存在ですね。
# アートのもたらす価値
「優しい世界に身を置くきっかけをくれるもののひとつが、アートなんじゃないかと思います」
アートも服も、それから、飼っている犬のニコルとロイドもなんですけど、僕はなるべく好きなものに囲まれて暮らしたいんです。
好きなものに囲まれていることによって、リラックスできたり、優しい気持ちになれたりするから。

風景画が好きなのも、同じような理由です。風景画ってわざわざ遠くに行かなくても、家にいてそれを眺めているだけで、ちょっと懐かしいような気持ちになれたり、ぼーっとできたりなど、リラックスできるものだと思うんですよね。
僕自身は、昔を思い出して胸が熱くなるような気持ちになることが多いんですけど、感情の種類として「きれいなもの」と思っているから、そういう状態の自分はわりと好き。
みんな、優しい世界に身を置きたいときってあると思うんですけど、自分の過ごす空間をそういう状態にしてくれるもののひとつが、アートなんじゃないかと思います。

リビングにある北欧デザインのシェルフには、リサ・ラーソンのオブジェも並ぶ
# 長年一線で活躍し続けるために
「オンオフを意識的に切り替え、休みのときは心も頭も体もバスケから離れる」
僕の場合、好きなものに囲まれて過ごすということが、自分の仕事であるバスケットで力を発揮することにもつながっていると思います。
プロの選手としては17年目になりますが、やっぱり、自分たちのいる世界って絶対に勝ち負けがついてしまうので、メンタルが上下しやすい。
加えて、年齢を重ねていくと、気持ちをつくっていくのが難しくなっていく部分もあります。「2位でもいいや」とか「今日は負けても仕方ない」とか、もちろんプロの選手として勝負の世界にいる以上はそんな姿勢でコートに立ってはいけないし、逆にそういうふうにしてこなかったから自分はまだこの世界にいられるんだと思うんですけど。
ただ、ちょっとでも気を抜くとそっちに流されてしまうという危機感は、常にあります。

だからこそ、オンオフのメリハリをつけることを意識しているんです。
家にいる時間などの「休んでいるとき」は、体だけではなく、心も頭もバスケから離れる。そういう時間があることで、逆に仕事のほうで──僕で言うとバスケで、エネルギーを爆発させることができるんじゃないかなと思っています。
自分が本当にリラックスできる環境をいかにつくるかというのは、これからも意識して続けていきたいことですね。
DOORS

西村文男
プロバスケットボール選手
1986年、三重県鈴鹿市生まれのプロバスケットボール選手。北陸高校、東海大学を経て、プロ入り。2009年に行われたユニバーシアード・東アジア大会で日本代表となり、JBL 2009-10ではルーキー・オブ・ザ・イヤーに選ばれる。2018年に行われた天皇杯ではベスト5に選出されるなど、ベテランのポイントガードとして活躍。2018年に自身のファッションブランド「enonce」を立ち上げる。
新着記事 New articles
-
SERIES
2025.08.13
プロ生活17年「私生活はバスケから離れるからこそ、コートで爆発できる」プロバスケットボール選手・西村文男の心・頭・体をリラックスさせるアート / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.38
-
REPORT
2025.08.13
アートを通じて「異なる感覚の行ったり来たり」を暮らしのなかで楽しむ / 展覧会「Beyond the WINDOW ―クリス智子と暮らしとアート―」レポート
-
REPORT
2025.08.06
現代アートファン必見の美術館、ディア・ビーコンへ / 広大な敷地を活用した豊かな展示空間
-
SERIES
2025.08.06
東京都現代美術館の開館30周年記念展から、「瀬戸芸美術館連携」プロジェクトまで / 編集部が今月、これに行きたい アート備忘録 2025年8月編
-
SERIES
2025.07.30
紡績工場跡地で、自然と人の関係を紡ぐ。小林万里子のアトリエ / 連載「部屋は語る〜作家のアトリエビジット〜」Vol.1
-
INTERVIEW
2025.07.30
奇妙礼太郎×高山都が語る、暗闇での体験や着物の世界が教えてくれた「アートの越境する力」