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REPORT

2025.08.06

現代アートファン必見の美術館、ディア・ビーコンへ / 広大な敷地を活用した豊かな展示空間

Photo & Text / Kaori Komatsu

2003年、アメリカの小さな街にできた美術館。ディア・ビーコン(Dia:Beacon)だ。ニューヨークのマンハッタンから電車で約90分。そんな場所にもかかわらず、世界の現代アートファンが今注目し、ひっきりなしに訪れている注目の美術館のひとつとなっている。

2025年初夏、緑に囲まれた現代アートのホットスポット、ディア・ビーコンへ。ライターの小松香里がレポートする。

パッケージ印刷工場跡を改装した現代アートの美術館

アメリカ・ニューヨークのマンハッタンから電車で約90分。ビーコンにある現代アートの宝庫として知られる美術館、ディア・ビーコン(Dia:Beacon)に訪れた。2022年にはBTSのアートを愛するリーダー・RMがライブパフォーマンスを行ったことでも知られる美術館だ。

ニューヨークのグランドセントラル駅からメトロノース鉄道のハドソンラインでビーコン駅まで向かう途中、車窓からはのどかなハドソン川周辺の景色が楽しめるため、時間を持て余すことなくあっという間にビーコン駅に到着。そこから10分程度歩くと、緑に囲まれたディア・ビーコンが見えてくる。

1929年に創立したナビスコのパッケージ印刷工場跡を改装し、2003年に現代アートの美術館としてオープン。建物自体が国家歴史登録材に指定されており、面積は22,000平方メートル(東京ドームの約1.7倍)ととても広大。足を踏み入れると、その広さと高い天井、窓が多いことから生まれる開放感の心地よさに、しばらく立ち尽くしてしまった。

同館の作品は、画商夫妻、美術史家の3人で1974年に設立されたディア芸術財団が所有・管理するものを中心に展開されている。常設展示作品は1960年代以降の現代アートが中心だ。アンディ・ウォーホル、河原温、メグ・ウェブスター、マイケル・ハイザー、ルイーズ・ブルジョワ、リチャード・セラ、ベルント&ヒラ・ベッヒャー、ヨーゼフ・ボイス、ジョン・チェンバレン、ハンネ・ダルボーヴェン、ウォルター・デ・マリア、ダン・フレヴィン、ロバート・アーウィン、ドナルド・ジャッド……といった作家の作品が、広大なスペースのそれぞれ独立した場所に展示されている。

自然とも融和してさらなる魅力を増すアート作品たち

アンディ・ウォーホルの作品のスペースには、広々とした360度どこを見渡しても、193cm×132cmという同じサイズの異なる絵柄のシルクスクリーン作品が並べられた「Shadows」が展示されている。同じ色を使った作品ごとにまとまっているかと思いきや、違う色の作品が連続で並んでいたりする膨大な数のキャンバスからなるひとつの作品だ。そもそもは1978年から1979年にかけて制作された102枚のキャンバスからなる作品だが、ディア・ビーコンに展示されるにあたり、展示スペースのサイズにあわせて並べ直された。じっくりと空間に浸る中で、一つひとつのキャンバスに対する印象がおもしろいように変わっていく。

河原温が1966年1月4日に制作をスタートし、2014年に亡くなるまで制作を続けた「Today Series」。制作時の河原が滞在していた国の言語と暦に基づいた制作日が記載されており、世界の137もの都市で制作されたシリーズだ。ディア・ビーコンには計36点の東京、ストックホルム、ニューヨークなどで制作された「Today Series」が展示されており、紺や黒といった暗めの色調の小さめのサイズの作品が並ぶ。ちなみに「Today Series」はほとんどの日は1枚しか描かれないが、まれに2~3枚描かれることがあったそうだ。

緑が生い茂る西の庭に隣接し、窓から爽やかな光が射しこむスペースにはメグ・ウェブスターのひときわ目を引く作品が複数展示されている。「Stick Spiral」はその名の通り、大量の枝を集合させ、らせん状にした作品だ。「Moss Bed, King」=「苔のベッド」と名付けられた作品は苔で覆われた彫刻で、使用されている苔の多様さやぼこぼこした表面が目を奪う。「Mound」は黄色の粘土を浅いドーム状に形作った作品で、その近くには赤い粘土を使い、妊婦のお腹のような曲線の「Mother Mound」も置かれている。建物の外に目をやると木々に囲まれた庭が見えることで、これらの作品はより有機的な魅力を放って見えた。

1階の入り口から一番離れた奥のスペースには巨大な丸い穴と四角い穴が計4カ所ぽっかりと空いている。「アースワーク」「ランド・アート」の作家であるマイケル・ハイザーの「North,East,South,West」だ。来場者の落下を避けるため近寄ることができないようになっているが、穴は相当深く見える。調べたところ6メートルの深さだという。「North」の穴は2つの長方形、「South」穴は直立円錐、「East」の穴は逆円錐台、「West」の穴はくさび形になっているようだが、相当背が高くないと奥の方まで見えづらい。なんとか「North」の穴が2つの長方形でできていることは確認できた。端から端まで歩いてもすぐには到着しないほど大きな空間であり、古代の巨大な建造物のような畏怖の念を抱かせる作品である。

「North, East, South, West」の近くのスペースには、同じくマイケル・ハイザーの壁を長方形に切り抜いた隙間に巨大な岩をはめこんだ「Negative Megalith #5」もあった。大仏のような信仰の対象にも思えるし、何かを封じ込めるために隙間に押し込められているようにも見える巨大な作品だが、いずれにせよすごい迫力だった。

存在感を放つルイーズ・ブルジョワ作品

建物の端にレンガ造りの2階建ての建造物があり、その2階部分には、ルイーズ・ブルジョワの作品が多く並ぶ。2024年から2025年にかけて東京・六本木ヒルズの森美術館で日本では27年ぶりの個展となる「ルイーズ・ブルジョワ展 地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」が開催されたことも記憶に新しい。また、また六本木ヒルズ森タワーの足元に恒久設置されている巨大な蜘蛛の彫刻「Maman」でも知られる作家だ。

階段を上っている途中で、天井から吊り下げられたブロンズを白くペイントした彫刻「Fée Couturière」が目に入る。中は空洞でところどころ穴が開いており、骸骨が逆さに吊るされているようにも見えてくる。屋根裏部屋や隠れ家のような雰囲気の古びたレンガの空間に展示されているため、とても不気味だ。奥には「The Quartered One」と名付けられた黒光りした彫刻が天井から吊り下がっている。こちらは遠くから見ると肉塊や動物の死骸のよう。近くの窓から眩しい光が射しこんでいるのが一層不気味さを高める。

テーブルの上には、比較的小さめの彫刻が複数置かれている。ゴールドやブラックのブロンズで、形はさまざま。ブルジョワが抱えていた苦しみを思いながら、自分の心情と照らし合わせて見るのも良いだろう。床にも壁にもさまざまな彫刻が展示された空間を抜けたいちばん奥の小さめの部屋には「Maman」を想起させる蜘蛛の作品「Crouching Spider」がラスボスのように存在していた。蜘蛛が壁すれすれまで足を広げており、至近距離であらゆる表面を見ることができる。 

五感が刺激される場所

地下には鉄板でできたリチャード・セラの巨大な彫刻作品「Torqued EllipsesⅠ」と「Torqued EllipsesⅡ」と「Double Torqued Ellipses」がドーン、ドーン、ドーンと3つ置かれている。湾曲した巨大な鉄板が壁のように目の前に立ちはだかり、まずそれぞれの巨大さに圧倒される。割れ目から中に入ることができ、壁伝いにぐるぐると歩いていくと、やがて中心の広い空間に辿り着く。そこから外周の方を見ると窓からは眩しい光が射しこんでおり、鉄板の上方には味わい深いレンガの壁が見えることで高揚感が高まった。アミューズメント的な楽しさもある作品のため、来場者の子どもたちが追いかけっこをしたり、鉄板の影に隠れてかくれんぼをしたりして遊んでいた。「Torqued Ellipses」シリーズはそれぞれ形と色が微妙に違うのも楽しい。

セラの作品は1階にも複数展示されている。「Union of the Torus and the Sphere」は壁と壁の間にそびえ立つ曲線を描く鉄板の作品で、船など何かの巨大な建造物の一部に見える。さまざまな角度から見て想像力を膨らませてみるのも良いだろう。「Scatter Piece」はゴムラテックスや金属棒でできた作品で、無造作に積み上げられているように見えて興味深い。

他にも、多くの見ごたえのある作品が展示されており、五感がたっぷりと刺激されるディア・ビーコン。ニューヨークに訪れた際には足を運んでみてはいかがだろうか。

※レポート内容は2025年6月取材時のものとなり、変更となっている場合がございます。

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