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2025.05.14

やついいちろうの、人生に〈おもしろい体験〉を増やす考え方「アートを買うのもひとつの冒険」 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.35

Interview&Text / Mai Miyajima
Edit / Miki Osanai & Quishin
Photo / Ryusei Nagano

自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。

お話を聞いたのは、お笑いコンビ・エレキコミックのやついいちろうさん。お笑いを軸に、DJ、イベンター、エッセイの執筆、俳優業など、さまざまなカルチャーの現場で活躍しているやついさんが、アートに興味をもつきっかけとなったのがレコードのジャケット。お笑いライブのビジュアルも、レコードジャケットを意識したデザインにしているのだそうです。

幅広い好奇心をもち続けるやついさんに、どうしたらもっとおもしろいと感じる出来事に出会えるようになるのか?と聞いていくと、「心地よさから逸脱して、あえて自分が混乱するような刺激に触れることが必要」と考えを聞かせてくれました。

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熊谷充紘 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.34はこちら!

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意味だらけの世界には「余白」が必要。twililight店主・熊谷充紘の本から広がったアートの世界 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.34

  • #熊谷充紘 #連載

# はじめて手にしたアート
「友だちの絵が家にあると、友だちと一緒にいるような気分になる」

もともとアートが好きで、岡本太郎さんの『太陽の塔』や草間彌生さんの『南瓜』のオブジェなどを、家のあちこちに飾っています。美術館に行くと、つい買っちゃうんです。

とはいえ、こういった小さなオブジェは作家本人が手がけたわけではないので、今回、「はじめて手にしたアート」ってどれだろう?と考えたときに、はじめて本人から購入したアートが浮かびました。

僕の友人でもあるミノケンこと箕浦健太郎さんの絵です。

ミノケンのことは、銀杏BOYZの1stアルバム『DOOR』のジャケットの絵をきっかけに知りました。「この絵いいなぁ!」と思っていたら、僕のイベントに来てくれるようになって、一緒に遊ぶ仲になったんです。

この絵は2012年に彼の個展で買いました。男の子なのか女の子なのか、どういった感情なのか、具体的には何を描いているかはわからないけど「色がきれいだな」と感じました。

アートを買ったというよりも、友人の絵を買ったという感覚でしたね。当時は、僕もミノケンもまだ何者でもなかったので、「がんばれよ」って、応援したい気持ちが強かったです。

リビングの本棚に立てかけて飾っていますが、友だちの絵が家にあると、なんだか家の中でも一緒にいるような気持ちになりますね。

 

# アートに興味を持ったきっかけ
「家にあった美術書とレコードが、アートへの興味の原点だったのかな」

いつからアートが好きなのかは正直わからないのですが、実家には、『世界美術大全集』のような美術書がたくさんありました。それをパラパラめくって眺めるのが好きな子どもでしたね。

家族で美術館に出かけるのも好きだった記憶があるなぁ。

あとはやっぱり音楽。レコードが好きだったので、そのジャケットの絵やデザインにも惹かれるようになって、ポスターを部屋に飾ったりしていました。

絵画などのアートに直接触れていたわけではないけど、こういったビジュアルは好きでしたね。

 

# 思い入れの強いアート
「僕らのお笑いライブのビジュアルはレコードのジャケットを意識している」

エレキコミックは単独でお笑いライブを年1回開催していますが、そのビジュアルはレコードのジャケットを意識してつくっているんです。いかにも「お笑いライブやるよー!」みたいな感じにはしたくなくて。

僕の高校時代からの友人がアートディレクターで、一緒に制作をしています。毎回新しいアーティストの方を起用してイメージを変えながらつくっていて、そのアーティストの作品を自分用に購入することも多いです。

こちらは、僕が主催する「やついフェス」のビジュアルをお願いしている我喜屋位瑳務さんの作品。

我喜屋さんの立体作品はめずらしいので、迷わず手に取りました。50個限定のうち30番目のシリアルナンバー入りです。

胸には“PANiC DiSORDER”(パニック障害)と彫られています。我喜屋さんはパニック障害と付き合ってきて、その症状を鎮めるための地蔵なんだそう。丸みのある頭となんとも言えない絶妙な表情がかわいいんです。

こちらはニューヨークと日本で活躍する目黒ケイ(KEI MEGURO)さんの鉛筆画。波ガラスを通して見たようなタッチがすごく繊細で、きれいですよね。

目黒さんには、昨年のエレキコミックの単独ライブのビジュアルをお願いしました。僕と、相方の今立進(イマダチススム)と、僕が飼っている2匹のパグ犬「こぶし」と「こはだ」の絵を描いてもらったんです。

実は目黒さん、お笑いが好きみたいでライブも観に来てくださって、そのとき、この作品をプレゼントしてくれました。

ビジュアルを依頼するアーティストは、自分でInstagramを見たり、アートディレクターに提案をもらいながら探しています。毎回こだわっているからこそ、20年前のチラシを今見ても「なかなかイケてるな」と思えますね。

 

# アートのもたらす価値
「本来は必要ないものだけど、家にアートがあるとうれしくなる」

アートって、本来は必要ないもののはずなのに、なぜか部屋にほしくなる。“家をつくる”ようなスマホゲームをしていても、家具家電を差し置いて、最初に絵を買っちゃうくらい(笑)。

だから僕の家はモノだらけなんです。自分の部屋はもちろん、リビングの壁一面にある本棚やトイレの棚まで、オブジェでいっぱい。でも全部好きで買ったものだから、かわいいし、捨てられない。

アートがあることのうれしさは、いいうつわを使ううれしさと近いものがあるかもしれない。僕はコーヒーが好きなのですが、沖縄で買ったお気に入りのやちむんのカップで飲むと、ぐんとおいしく感じるんですよ。いつもと同じコーヒーなのに。アートも同じで、ソファーに座ったときに、視線の先に絵があるだけでなんだかうれしくなる。

機能としては必要ないけれど、あると生活を“おいしく”してくれるのがアートなのかもしれないですね。

 

# 人生に〈おもしろい体験〉を増やすには
「自分は失敗しないと思っている心地いい状況から逸脱すると、〈おもしろい〉に出会える」

家に飾れるアートも好きだけど、体験できるアートも好きです。直島のアート施設のひとつで、大竹伸朗さんの手がけた銭湯『I♥湯』は、最高。触れて体験できるのに、買えないじゃないですか。体をつかって「おもしろいなぁ!」って感じられるものが、好きなんだと思います。

今の時代、AIがなんでも先回りして勧めてくれるようになって、それはそれで便利なんだけど、おもしろくない世の中になっているようにも感じます。自分の好みに合わせて提案されるから破綻がない。だから僕はここ10年くらい、本や漫画は自分で選ばないで人に勧められたものを読むようにしています。

特に、年齢を重ねると落ち着いてしまって、感情もあまり波立たなくなる。そうすると素直に「おもしろい!」って思える機会もなかなかつくれないんですよね。心が動くような体験って、自分があえて混乱するようなことをしてハラハラ、ドキドキするような刺激に触れないと生まれないものだから。

たとえばですけど、僕、iPhoneをめっちゃなくすんですよ。以前、ジムに行く途中の電車の中で落としてしまって、慌てて電車内で位置情報を確認したら、iPhoneだけが新宿駅で降りていった。どうなるんだ!?とハラハラして見守っていたら、駅でずっと光っている。それを確認した僕は、「ああ、駅員さんに届けてもらえたんだな」と安心して、そのままジムに行っちゃったんです。

すると、ジムのトレーナーさんが「今すぐ取りに行きなさい」って。そりゃそうですよね。一緒に駅まで取りに行ってくれました。それで、いざiPhoneが戻ってきたら、もう、めちゃくちゃうれしかったんですよ! もともと持っていたものが、ただ戻ってきただけなのに(笑)。

人生って邪魔されてナンボなんです。あえてイヤな気持ちになりそうなほうを選んで、自分は失敗しないと思っている心地いい状況から逸脱することで、これまで経験したことがないようなおもしろさに出会える。アートを買うことも、最初は刺激のある冒険になるんじゃないかなと思います。

 

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DOORS

やついいちろう

お笑い芸人

1974年、三重県生まれ。大学の後輩の今立進とともに、お笑いコンビ・エレキコミックを結成。ボケ・ネタづくりを担当。コンビでの活動のほか、片桐仁とのお笑いユニット「エレ片」のラジオも人気で、2025年4月よりPodcast番組『エレ片のポッ!』をスタート。個人としては、サニーデイ・サービスの曽我部恵一からの勧めにより全国でのDJ活動を行うほか、2012年より音楽とお笑いの融合都市型フェス「やついフェス」を主催。

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