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2024.03.22
【後編】「ここではないどこか」への憧れ、アニメに突き動かされたアートへの道/ 連載「作家のB面」Vol.20 植田工
Text/ Daisuke Watanuki
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話しを深掘りする。
今回登場するのはアーティスト・植田工(うえだたくみ)さん。前編では地元・学芸大学の風景や幼い頃の記憶にまつわる話をしてくれた。後編では「ここではないどこか」へ憧れた幼少期の話や、アニメとの出会い、アートの道に進んだ話などを聞いた。
アメリカへの憧れ
学芸大学から歩いて植田さんのアトリエへ
──植田さんは学芸大学を愛しながらも、「ここではないどこか」へ行きたかったそうですね。
小学生になってから、アメリカに行きたいと思っていました。NHKで『頑固じいさん孫3人』(*1)というアメリカのホームドラマが放送されていて、それを熱心に観ていて。中学の夏休み期間に区の制度でアメリカでホームステイができることを知っていたので、これは行くチャンスだと思い、小5から英語を習ったりもしていたんです。学校での英語の成績優秀者が渡航の条件だったので、学年で1位を取れるよう必死に勉強して、学校推薦をもらったんです。でも、最終選考のくじ引きでまさかの敗退。くやしかったですね。
*1……アメリカで1986年から1988年に放送されたドラマ。日本では1987年から1989年にかけて放送。
──なんと……。
実は後日談があり、あまりの落胆ぶりを見かねたのかわかりませんが、僕が高1のときに父が「アメリカに行くぞ」と言い出して。それが僕らが行った唯一の家族旅行です。年末年始にかけてカリフォルニアのロスとサンディエゴへ連れてってもらいました。それまで渋谷東急文化会館、有楽町日劇プラザ、日比谷映画などで80年代や90年代のハリウッド映画ばかり観ていたので、夢のようなありがたい経験をさせてもらいました。
幼い頃に父が吸っていたショートホープを大人になった植田さんは愛煙している
僕の世界の景色を作ってくれたアニメ
──外国への憧れから、幼い頃からアニメを観始めたとお聞きしました。このあたりの話も教えてください。
僕が生まれた1970年代(植田さんは78年生まれ)はちょうどTVアニメが充実し始めた時期。当時よく観ていたのは『世界名作劇場』(初期は『カルピスこども名作劇場』など別名義)。「アルプスの少女ハイジ」(1974年)「赤毛のアン」(1979年)「トム・ソーヤーの冒険」(1980年)など、高畑勲や宮崎駿が携わっているようなシリーズでした。あの頃は朝7時半から8時と17時から19時まで、あと夏休みなんかに各チャンネルでよくアニメ番組の再放送をしていました。
《American House》2022
特に好きだったのは「トムソーヤの冒険」。あの景色はまさに「ここではないどこか」だったんですよね。舞台が海外じゃないですか。うらやましかったです。学芸大学にも家にも、アメリカの匂いはなかったので。それに僕は多幸感を与えてくれるものに昔から惹かれる傾向があったんだと思います。アニメーションって僕にとってはまさに多幸感そのものなんですよね。曜日ごとに放送作品を覚えていて、その時代の僕の世界の景色を作ってくれていた気がします。
植田さんのアトリエにあったアニメにまつわる資料など。「このビット絵、実は......」
──絵を描き始めたのもアニメの影響があったんでしょうか?
そうですね、幼稚園の頃は戦隊モノをよく真似して描いていました。80年代になると学芸大学にも〈ホームズ〉というレンタルビデオ屋ができて(我が家もVHSになりました)、今度はディズニーやハンナ・ベーバラ・プロダクションやワーナーブラザーズ等のカートゥン作品などを観ながら、キャラクターを模写してみたり。アメリカのカートゥンのキャラクター造形ってやっぱり独特なんですよね。その後はテレビで放送していた『天空の城ラピュタ』(1986年)を観てスタジオジブリの背景画に興味を持ったりしていました。
──それでアニメーターを目指すように?
小学生の頃、幼馴染がたまたま一緒に絵画教室に通わないかと誘ってくれたんです。習い事をする余裕があるのかわからなかったので、がんこ親父に頼む時は口から心臓が飛び出るほど緊張しました。一生のお願いのつもりで直訴したら案外すんなり快諾され、二人で駒沢にあるアトリエに通い始めたんです。僕はその頃からもう、将来は代々木アニメーション学院に行って、有名なアニメ会社を渡り歩いて、最終的にはアメリカでアニメの仕事をしようと未来予想図を描いていました。でも、専門学校では2年ですぐプロにならなければいけない。長いアニメーター人生を考えたら、絵の技術だけでなく4年間で幅広く知識や教養も身に付けるべきだと思い、美大を目指すことにしたんです。
──専門学校から美大に舵を切ったと。
ただ、それにより自分の目の前には「アニメ」とは別に「アート」が現れてしまって。当時は自分の中で分離したジャンルとして2つが存在していたんです。でも今は、自分にとってのアニメと自分にとってのアートが1つになってきたように感じます。アニメーションの語源は、魂や生命を意味するラテン語「アニマ」。僕にとってのアート作品は生命というか魂のようなものが宿るもので、それはまさに「アニマ」ということなんだろうと思っています。
最近描いていた有名キャラクターをモチーフにした作品
──アニメとアートが作品の中で1つになったわけですね。
美大で美術解剖学の布施英利先生に卒業制作のアドバイスを求めたら「これまでのすべて、これからのすべてを1枚の絵で表現してみてください」と言われたことがあります。それで僕は菊の花を持ってベッドに座っている女性を描きました。タイトルは「此岸のハナ」。それには「背景が人物より近くへ、人物がより遠くの風景へ」とサブタイトルを付け足しました。今現在の思考や作品を振り返ると、あの時の延長線上にある気がしています。当時の僕は自分がどういうアニメを作れるのか真剣に考えていたんです。あの作品は自分の1つのビジョンでしたが、たぶん今も変わっていない。要は自分にとってのアニメを、どういう形でアートにまで昇華できるかということなんですよね。
《此岸のハナ 〜背景が人物より近くへ、人物がより遠くの風景へ》が掲載された卒業制作の冊子
「母子像」を描き続ける理由
──現在植田さんが描かれている作品は、学芸大学で育ってアニメを好きになった影響が色濃く出ているんですね。
自分が絵を描き続けている理由は、結局そこにしかないと思います。子どもの頃にアニメを観て、絵を描くことで自分の心が動いたわけですから。ずっと絵を描くことで多幸感を得ていたんです。それに「ここではないどこか」に行きたかったのに、ずっとここにいて、ここでしかやれていない。結局自分の生まれ育った町で経験してきたことが、自分にとって一番大事なんです。本当は故郷を捨てて行かなきゃいけないと思うんですよ。家族も友達も縁を切って挑戦しなきゃいけないと思うんだけど、地元もみんなのことも、自分が関わってきたことも、全部好きなんです。外に出るチャンスを逃してきた人生ですが、それでも後悔はあまりません。もちろん今でも「ここではないどこか」への憧れはあります。でも、本当は「どこか」なんて存在しないのかもしれません。実際にアメリカに行って見た夕焼けは、子どもの頃に学芸大学から遠くの空の夕焼けを眺めて「あっちにアメリカがあるんだよな」と思って想像した景色とは違っていましたから。「ここではないどこか」は想像の産物でしかなく、常に自分はここにしかいないんですよね。それを思い知らされました。
──まさに童話の『青い鳥』のようですね。
本当ですね。目指す先にゴールがあるんだったらいいんですけど、そこにもゴールはないわけです。逆に迷子になってしまった部分もありますね(笑)。
左右《A Woman》2021
《A Mother and A Child》左 2023 右 2022
──今も迷子中ですか?
今は少しずつ思考を束ねていっているような感覚です。それに伴い、今までバラバラの絵柄に思えてた作品も、類型化するといくつかのパターンしかないように見えてきて。なかには共通して繰り返し出てくるモチーフもあるんです。特に「母子」は中心的な主題ですね。
──「母子」をモチーフにする理由は何なのでしょうか?
理由は明確にあるんです。8年ほど前に心臓の手術をしなくてはならなくなってしまって、これはもう絵を辞めなくてはいけないかもしれないと考えていました。プライベートでもいろいろな問題が重なり、身の振り方を考えていた時期でもあります。そんなある時に、師匠である茂木健一郎さんから「1時間でなんか描いてみろ」と言われて。絵を描くのはこれが最後かもしれないなと思いながら、何も考えずにバーっと描いてみたら、それが母親が子どもを抱いている絵だったんです。
はじまりの母子像《Maria》
──まさかそんな理由が!
布施先生に言われた「これまでのすべて、これからのすべて」の図像がもう一回現れたような感じがあって。意図的に描いたのではなく、本当に“現れた”という感じです。死ぬ前に最後に1枚だけ神様からお前に絵を描かせてやると言われたら、僕は「母子」なんだなって気付かされたんですよ。そこからは「母子」が一生向き合うモチーフになりました。
──植田さん自身の生い立ちや宗教観なども影響もあるのでしょうか。
母方の祖父が牧師で礼拝なども行っていましたし、いろんな影響があると思います。母がいなくなって2人の叔母たちが母親みたいに愛情注いでくれていたので、母がいなくて寂しいとか会いたいと思ったこともなくて。「母を訪ねて三千里」とか「みつばちマーヤ」みたいな母ちゃん追いかける物語とか好きじゃなかったんですよね、あまったれんじゃねぇみたいな(笑)。
ただ、映画『エレファント・マン』(1980年/*2)なんかを見たとき、カタルシスがあったんです。主人公が、母親に捨てられても「自分がいい人間であれば母親はきっと喜んでくれるんじゃないか」と独白するシーンを見たら、なんか涙出ちゃったんですよね。
*2……奇才・デヴィッド・リンチ監督作品。実在した奇形の青年の悲劇の人生を描く。
《A Woman》 左 2024 右 2023
母子をモチーフにした絵を描きながら、家族の感情的にもジェンダー問題的にも「母」というものについて語ることはすごく慎重にならないといけないですが、「母」とはどういう存在なのかというのは僕の中でずっとひっかかっていることなんですね。叔母二人が母のモデルではあるんですが。
母親の思い出も怒られた記憶しかないんですよね。きっと愛してくれていたはずだとは思うけども、その愛してくれた顔というのが1つも思い出せないんですね。
アンデルセンの人魚姫、最後に海に飛び込んで泡になったあと空気の精になるって知ってます? 空気の精になって300年のロスタイムで人間のためによい行いをしたら死ぬことのない魂を授かって、かぎりない人間のしあわせをもらうことができるって話です。さらに、よろこぶ母と父とその慈愛を受ける子供を毎日見つけなさいとか課せられて、人魚姫への不条理と理不尽さったらないですよね。でもそれを知った時に、自分の「母子」の絵も人魚姫のような存在になったらとも思って。
どんな家庭も色々な事情がありますから自分の境遇が特別だとも思いませんし、ただ、どうしたらどんな状況になっても人生が幸せだと思って生きていけるのか、とは考えますね。
《Sacrifice》2023
左《A Woman(mermaid)》2021、右《Mermaid or Siren》2023
──植田さんが描く「母子」には幸せへの願いも込められていそうですね。
そもそも自分のために描いているのですが、絵が心を慰撫したり多幸感に溢れるものになったらというスケベ根性はあるかもしれませんね。みんなにとっての幸せって何かって難しいですが、それでもみんなが幸せだったら、便乗して自分も幸せになれるんじゃないかと(笑)。
ARTIST
植田工
アーティスト
1978年生まれ、東京都出身。2005年、東京芸術大学 絵画科油画専攻を卒業。2007年、東京芸術大学大学院 美術解剖学専攻 修了。脳科学者・茂木健一郎氏に師事しアーティストとしての活動を始める。 絵画、イラスト、デザイン、映像、コラムなど様々な表現を展開する。 主な個展に「Punctuation Marks」(FOAM CONTEMPORARY、東京、2023)、「infantile」(A/D GALLERY、東京、2022)、「Wander」(AKIO NAGASAWA GALLERY、東京、2021)、「フランダースの犬の事など」(CAPSULE、東京、2020)、グループ展に、池上高志+植田工「Maria,人工生命,膜,魚」青森トリエンナーレ(2017)/日本科学未来館常設展示(2018)出展、「Creativity continues」(Rise Gallery、東京、2012)など。著書に、『生命のサンドウィッチ理論』(文・池上高志、講談社、2012)、『植田工の展覧会のミカタ』(オデッセー出版、2021)など。
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