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2023.11.17

【前編】地元・茅ヶ崎の街と、明日への旅 / 連載「作家のB面」Vol.17 やんツー

Text / Shiho Nakamura
Photo / Shin Hamada
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。

サザンオールスターズの『希望の轍』が流れる茅ヶ崎駅を降りて海へと向かう。10月だというのに真夏のように眩しい海岸にたたずむのは美術家のやんツーさん(足元にはセグウェイ!)。今回は彼のB面にもなっている「茅ヶ崎」を散策しながらスローなライフスタイルに触れた。

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【後編】茅ヶ崎のクラフトビールを飲みながら、資本主義の話をしよう / 連載「作家のB面」Vol.17 やんツー

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十七人目の作家
やんツー

最先端のテクノロジーがどのような政治性を持ち、社会に作用して、人間と関わるのかを作品を持って批評するアーティスト。セグウェイが作品鑑賞する空間や、機械学習システムを用いたドローイングマシン、遅いミニ四駆を使った作品などを制作。

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「20th DOMANI・明日展」(国立新美術館、東京)より《現代の鑑賞者》の展示風景。自走するセグウェイが鑑賞者のような振る舞いをするインスタレーション。Photo: Rakutaro Ogiwara

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グループ展「遠い誰か、ことのありか」(札幌芸術文化交流センター SCARTS、北海道)より《たたない塔》展示風景。Photo: RYOICHI KAWAJIRI / Photo courtesy: Sapporo Cultural Arts Community Center SCARTS

 

茅ヶ崎の海と、思い出の日々

取材は茅ヶ崎の「Tバー」でやんツーさんと待ち合わせ

――茅ヶ崎の海といえば「サザンビーチちがさき」が有名ですが、今日はTバー(大きな石がT字型に積まれた突堤)に集合しようとご提案いただきました。茅ヶ崎出身のやんツーさんにとってここはどんな場所なんですか?

この浜辺には、中高の時に文化祭や体育祭の打ち上げなんかでみんなでよく集まっていたんです。ノリノリのビーチというよりは、釣りをしてる人も多かったりして、僕にとっては落ち着く場所でもありますね。あの、茅ヶ崎って線路をに南側と北側でだいぶバイブスが違うんですよ。南側はサーフィンをやっている人が多くて、イケてるイメージというか。僕は北側に住んでいたこともあって、海は身近ではあったけどサーフィンはやらないし、泳いでばかりいたというわけでも全然なくて。高校の頃も、早朝に波乗りしてから登校する友達が「今日の波よかったよな」と話していたりするので、羨ましい気持ち半分、横目で眺めていたタイプでした。

――部活は何をやっていたんですか?

高校まではバスケ一筋でした。でもだからこそ、自分の限界を実感していたというか、理想とする身体の動きに現実が追いついていないのをわかっていたし、これ以上先には進めないと感じていたんですよね。それで、高3の夏になって「大学どうしよう……」とようやく考え始めて。もともと何かをつくるのは好きだったので、消去法で美大しかないなって。初めは、日芸に通っていた兄の影響もあって、学科だけで受験できる日芸の写真学科にしようと考えていたんです。でもなんだか本質的じゃないな逃げてるぞ、と思ってショナビ(湘南美術学院)に通うことに。高3の夏から本格的にデッサンをやり始めるという(笑)。

――それでストレートで美大に受かってしまうなんてすごいですね。進学した多摩美のある橋本あたりに住んでいた時期もあったそうですが、今年8月に茅ヶ崎に引っ越してきたとのこと。久々の地元での生活はどうですか?

晴れて南側の住人になりました(笑)。大学時代とかコロナ禍に茅ヶ崎に一時期戻ったこともあるのですが、現在までいろんな土地に住んで、海外のレジデンスに滞在することも多かったので3年以上同じ場所に住んだことがないんです。もしかしたら飽き性なのかもしれませんね。来年はニューヨークでのACCフェローシップのプログラムが決まっているので、また半年間離れてしまうのですが。

Tバーからほど近いやんツーさんお気に入りのランニングコース

――最近はどんな毎日を過ごしているのでしょう。

展覧会を見に行ったり、打ち合わせで都内に行ったりすることも多いですが、基本は自宅とアトリエを行き来する日々です。アトリエは茅ヶ崎の北側の寒川町の工場地帯にあって、自宅から車で15分くらいです。あ、最近ランニングをはじめてこの辺よく走ってます。ここ、遊歩道がずっと続いていてめちゃくちゃ気持ちがいいでしょう? この遊歩道の先にあるのがサザンビーチ。ちょうど今週末にサザン(オールスターズ)の音楽と花火のイベント『茅ヶ崎サザン芸術花火2023』(2023年10月21日)が開かれるので、設営中みたいです。少し前にもサザンのライブがすぐ近くの野球場で開かれて、家までライブの音が聞こえるのでちょっと海まで出てみたり。正直サザンは親が聴いてるダサいJ-POPという印象でしたが(笑)。この歳になって大好きになりました。『真夏の果実』なんて、すごく沁みる曲で最高です(笑)。

「作品《Modern Spectator》(2018)の中で使っていたものと同じセグウェイなんですけど、ちょっとビーチで乗ろうかなと持ってきました」と、自在に乗りこなすやんツーさん

やんツーさんの眼の前にあるのが「Tバー」、その向こう側に見えるのが、茅ヶ崎のシンボル「烏帽子岩」

――「やんツー」というアーティスト名は、もしかして茅ヶ崎と関係があったりするんですか?

小学校の時のあだ名なんですよ。本名の苗字は山口なのですが、ヤンマーというあだ名の兄が入っていた少年野球に僕が後から加入して、監督が「おまえは“ヤンマー2”だ」って。それで“ヤンツー”と呼ばれるようになったんです。制作活動を始めた最初の頃は本名で活動していたのですが、下の名前も「たかひろ」でよくある名前ということもあって誰も覚えてくれなくて、2012年から正式にアーティスト名として「やんツー」を使いはじめました。ラッパーのShing02が好きだったので、英語表記の字面はそこに寄せてます(笑)。

 

地元の作家にゆかりある茅ヶ崎市美術館へ

軽やかな屋根が特徴的な〈茅ヶ崎市美術館〉の外観

――今日はやんツーさんが茅ヶ崎で好きな場所を巡るということで、次の目的地はどこになりますか?

次は、茅ヶ崎市美術館へ向かいましょう。実は、地元にある美術館なのに親しみがあったわけではなくて、初めて訪れたのは2015年のことなんです。「正しいらくがき」という、メディアアーティストの菅野創さんと一緒にやらせてもらった企画展に、当時、異動されてきて2年目だった学芸員の藤川悠さんに声をかけていただきました。

美術館入り口にある庭園

――(美術館の入口に到着して)松林の庭園が広がっていて素敵ですね。木漏れ日が気持ちいいです。

そうなんですよ。それで、階段を登っていくと……ほら、この美術館の佇まいがいいですよね。こじんまりとしているけど、ちょうどいい規模感ですごく好きな美術館です。あ、藤川さん、どうもこんにちは。

写真右は学芸員の藤川悠さん

藤川さん:どうもどうも。やんツーさん、今日はセグウェイを持ってきたんですね(笑)。この間は開館25周年記念展に協力していただいて、ありがとうございました。

やんツー:こちらこそありがとうございました。6月まで開催されていた開館25周年記念展「渉るあいだに佇む―美術館があるということ」は、物故作家と現代作家を織り交ぜて紹介するすごくいい企画展だったと思います。もう亡くなっていますが、前衛書家の井上有一という第2回目のドクメンタにも参加されたすごい人がいて、茅ヶ崎で教員をしていたりもしたんですけど、今回同じ展覧会に出させていただいたのは大変光栄でしたね。

立ち話に花を咲かせる二人

やんツー:藤川さんは、広島市現代美術館、森美術館、東京都現代美術館を経て、現職なんですよね。藤川さんがこちらにいらしてからは、現代美術にも力を入れていて、既存のルールではできなかったことに風穴を開ける取り組みをされていらっしゃいます。僕が信頼してやまない学芸員さんです。

――茅ヶ崎市美術館では、いつも地元にゆかりのある作家さんの展覧会が開催されているんですか?

藤川さん:基本的には郷土美術館という役割として立ち上がっている機関なので、やはり地域に関係のある展示が多いですね。いま開催中の展示(*)もぜひ見ていってください。

*......取材時、10月19日には、茅ヶ崎との関わりが深い映画監督・小津安二郎の展覧会「生誕120年 没後60年 小津安二郎の審美眼-OZU ART-」が開催されていた。現在は共催展「手から手へ、生まれていく形-13色のクレイアニメーション展」が開催中。

やんツー:ありがとうございます。退勤したら、良かったら後ほど“ホップマン”でお会いしましょう(笑)。

 

行きつけの茅ヶ崎の店

続いて茅ヶ崎駅周辺を案内するやんツーさん

――やんツーさん、ホップマンって……? 

行きつけのクラフトビールのお店です。これからちょっと街を回って、そこに向かいましょう。このツインウェーブという地下道を行くと、茅ヶ崎駅の北側に出るんですが、ほら、その手前に沖縄居酒屋が2軒あって、家に帰る途中に前を通ると、店の知り合いに声をかけられてよく吸い込まれます(笑)。お酒はもともと好きですが、大学生の頃って、お金がないからチェーン店の居酒屋で安い焼酎を飲み続けるような飲み方しかできないじゃないですか。今は好きなお店に行けるようになって、お店の人とも交流が生まれて。地元の友人も何人か残っているのですが、みんな大人になって昔とは違う付き合いも生まれてきて。子どものころから大好きな地元だったんですが、大人になったいま改めて地元を再発見しながら楽しんでる感覚があります。

……と、話している間にお店が見えてきました。〈ホップマン〉は2階にあって入り口も別なんですが、オーナーが1階で〈一房一献〉(ひとふさいっこん)という店もやっていて、こっちにいると思うのでちょっと挨拶してきます。田代さーん。いた、いた。今日はよろしくお願いします。

一房一献とホップマンのオーナー田代さんに取材許可をもらうやんツーさん

田代さん:おっ、来たね。おつかれさま。

やんツー:今、仕込み中ですよね。今日は上のホップマンで取材の方々とお話しして、あとでこっちに寄りますね。

田代さん:うん、7席しかない狭い店だけど、よろしくね。

――田代さん、今日はお邪魔させていただきます。よろしくお願いします。やんツーさん、お気に入りのお店ということで楽しみです。

ホップマンで開栓した新しいビールがあるとだいたいSNSでお知らせが出て、気になるのがあると試しに来ます。2、3杯飲んでから下の店に移動する流れで、ここはそうやって楽しんでいるお客さんが多い印象ですね。僕は一人で来ることも多くて、そういう時は常連の諸先輩方からアーティストとしてちやほやされながら飲んでます(笑)。今まだ夕方の5時少し前ですけど、ちょっと2階で腰を据えて飲みながら話しましょう!

一房一献の店内。カウンターのみで平日でも地元のお客さんで賑わうのだとか

そして、いざホップマンへ。後編では、地元のクラフトビールを呑みながら酩酊気味のやんツーさんが、資本主義を批判的に捉えた作品について語ります

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茅ヶ崎市美術館

2023年11月18日(土)-12月10日(日)の期間で共催展「手から手へ、生まれていく形-13色のクレイアニメーション展」が開催。アニメーション作家の若見ありさと茅ケ崎支援学校で制作した作品を展示する。

住所:神奈川県茅ヶ崎市東海岸北1-4-45
開館時間:10:00~17:00 (入館は16:30まで)
休館日:月曜日(月曜日が祝日の場合は開館し、翌平日が休館)
詳細は公式HPより

HOPMAN / 一房一献

2階は地元のクラフトビールも楽しめるビアバーHOPMAN。
1階は居酒屋一房一献、月に数回たこ焼きイベントなども開催。

住所:神奈川県茅ヶ崎市十間坂1-1-23 サンライヅ湘南 1階、2階
営業時間:
HOPMAN 15:00〜24:00(不定休)
一房一献 18:00〜25:10(不定休)
詳細はInstagramより

Information

MOTアニュアル
2023シナジー、創造と生成のあいだ

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会期:2023年12月2日(土)~2024年3月3日(日)
会場:東京都現代美術館 企画展示室 3F ほか
住所:東京都江東区三好4丁目1−1
詳細は公式HPにて

 

TERRADA ART AWARD 2023 ファイナリスト展

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会期:2024年1月10日(水)~1月28日(日)
会場:寺田倉庫 G3-6F
住所:東京都品川区東品川2-6-10 寺田倉庫G号
詳細は公式HPにて

ARTIST

やんツー

アーティスト

1984年、神奈川県生まれ。セグウェイが作品鑑賞する空間や、機械学習システムを用いたドローイングマシンなど、今日的なテクノロジーを導入した既成の動的製品、あるいは既存の情報システムに介入し、転用/誤用する形で組み合わせ構築したインスタレーション作品を制作する。先端テクノロジーが持ちうる公共性を考察し、それらがどのような政治性を持ち、社会にどう作用するのか、又は人間そのものとどのような関係にあるか、作品をもって批評する。菅野創との共同作品が文化庁メディア芸術祭アート部門にて第15回で新人賞(2012)、同じく第21回で優秀賞(2018)を受賞。2013年、新進芸術家海外研修制度でバルセロナとベルリンに滞在。近年の主な展覧会に、「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」(森美術館、東京、2022)、「遠い誰か、ことのありか」(SCARTS、札幌、2021)、「DOMANI・明日展」(国立新美術館、東京、2018)、「Vanishing Mesh」(山口情報芸術センター[YCAM]、2017)、あいちトリエンナーレ2016(愛知県美術館)などがある。また、contact Gonzoとのパフォーマンス作品や、和田ながら演出による演劇作品「擬娩」での舞台美術など、異分野とのコラボレーションも多数。

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