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2025.06.11
伊藤まさこの「好きなものを美しく見せる」からはじまる、気分のいいくらし / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.36
Photo / Naohiro Kobayashi
Edit / Quishin
自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。
お話を聞いたのは伊藤まさこさん。女性誌や料理本を中心に、30年以上にわたってスタイリストとして活躍され、くらしにまつわる著書も多数。築50年の山荘をフルリノベーションした軽井沢の別邸にて、まさこさんの「気分のいいくらし」を支えるアートやもの、考え方などを聞きました。
20代の頃に出会った「Art de Vivre(アール・ド・ヴィーヴル)」という言葉を「生活はアート」と捉え、「身近なところに美しさが潜んでいる」という自身の感覚ともリンクしたと言うまさこさん。日常に美しさを見出し、好きなものがより美しく見えるように工夫を凝らし続けることが、気分のいいくらしを支えているように感じられました。
やついいちろう / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.35はこちら!
# はじめて手にしたアート
「絵画やオブジェには縁がないと思っていたけれど、20年ほど前にリサ・ラーソンのオブジェを購入しました」

伊藤まさこさんの軽井沢の別邸。ワンフロア上がったところにある、寝室空間
私はもともと、「用途のある美しいもの」が好きで、いわゆるアートと呼ばれる絵画やオブジェには、あまり縁がないだろうなと思っていたんです。そういったものは、美術館で観るものだと思っていました。
でも20年ほど前、京都のminä perhonen(ミナ ペルホネン)に足を運んだことをきっかけに、はじめて自分のお金でアートを購入しました。それがリサ・ラーソンのオブジェです。

リサ・ラーソンのオブジェの隣には、伊藤さんスタイリングのキャンドル
寿ビルディングという古いビルに、学校にあるような勉強机がたくさん並べられていて、その上に表情の異なるオブジェが一つひとつ置かれていました。大きさがほどよく、ちょっとユーモラスな表情をしていて、色合いも自分好み。「これなら部屋に馴染むかも」。そう思いました。
家に持って帰り、部屋に置いてみたら、そこだけ雰囲気が変わったように見えて。アートの力ってすごいなと、実感しましたね。
このオブジェは顔があるからか、意思がハッキリしているような気がします。置くと、その場の空気が穏やかにもなりつつ、キリッと引き締まるような気がするんです。置く場所は、本棚の横や白い空間など、その日、そのときの気分によって、いろいろと変えています。
# アートに興味を持ったきっかけ
「Art de Vivre(アール・ド・ヴィーヴル)という言葉に出会って、『私が大切にしてきた感覚って、こういうことだったんだ』と思えた」

もともと、美術館に行くことは好きでした。でも、アートに興味を持ったきっかけを聞かれると、20代の頃に「Art de Vivre(アール・ド・ヴィーヴル)」という言葉に出会ったことが大きかったかもしれません。
アール・ド・ヴィーヴルとは、フランスに根付いてきた言葉で、アートとは特別なものではなく、もっと身近なところにあるという考え方。私自身はこの言葉を、「生活はアート」と捉えています。
幼い頃から、特別なことよりも日常の身近なところにこそ美しさが潜んでいる、という感覚で育ってきました。それはたとえば、ビーツのスープを盛り付けたお皿の中の風景や、窓から漏れる光の動きを「きれいだな」と感じたりするような感覚です。

そうやって、自分の中にぼんやりとあった感覚が、アール・ド・ヴィーヴルという言葉に出会ったことで、「ああ、私が大切にしてきた感覚って、こういうことだったんだ」と思えた気がしたんですよね。
だから私にとっては、道端に転がっている石や、落ちている木の枝なんかも、美しいなと感じられたら、それはアートになりうるもの。
高価なものは買えないからといって、アートを遠ざけてしまうのはもったいない。気に入った画集のページを開いて、椅子の上に置いてみる。そんなこともアートの入り口になると思っています。
# 思い入れの強いアート
「どの作品も同じくらい好き。共通項は部屋に馴染むこと」

リサ・ラーソンのオブジェを買ってから、版画などのアートも、ちょっとずつ家に増えていきました。
こちらは湯浅景子さんの『パキスタンのうちわ』というタイトルのリトグラフ。

『ほぼ日』と一緒に運営しているweeksdaysで扱わせていただいた作品。パッと見てすぐに分かるものではなく「一見、よくわからないものをつくってほしい」と依頼しました。
松林誠さんのリトグラフも、weeksdaysのハンドソープのパッケージになっています。雨をモチーフにした作品で、洗面台にあると気分がいい。


それから、猪熊弦一郎さんの版画。この作品は丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で購入しました。香川を訪れた記念にと思って手に入れましたが、その後、白いフレームから木に額装し直しました。

うつわもたくさんあります。内田鋼一さんのうつわはもともといっぱい持っていたけれど、彼の代表作である『ホワイトボウル』はいつかほしいなと、ずっと思っていた作品でした。
床に並べたり、重ねてテーブルに置いたり。置く場所や見る角度によって、全然違うものに見えてきます。

特別に思い入れのある作品というのはなく、どれも同じくらい好きです。共通項は、部屋に馴染むこと。今の家も軽井沢の別邸も、壁が白いので、それに馴染むものを選んでいます。
# アートのもたらす価値
「美しいと感じられること、イコール、気持ちよさになっている」

アートも含めて、部屋の中のすべての“もの”が好き。だから部屋にいるだけで気分がいいんです。毎日を豊かにしてくれるもの、それが私にとってのアートなんだと思います。
私はとにかく、ものが好きなので、「ものが美しく見えるように雑多なものは片付ける」というふうにしています。美しいと感じられることがイコールで、気持ちいい、になっている。だから、美しいと感じられるものを一つひとつ選んで、それが美しく見えるように深く掘っていく。そういうことをずっとしている感覚です。
たとえば、照明。私はお店に行くとよく、「明るすぎるな」と感じるんです。空間をつくるとき、間取りや素材に目が行きがちだけど、部屋の明るさって気持ちにも影響するものなので、照明はすごく大事だと思っています。
軽井沢の家は、バックヤード以外は天井に照明がありません。すべて間接照明にして、時にはキャンドルを灯すことも。
枕元の照明は、デンマークのルイスポールセンというメーカーのものです。


電球の光が当たる面がピンク色なのは、この照明のデザイナーが、自分の奥さまの顔色がよく見えるようにという意図でそうしたのだそう。そのストーリーごといいなと思って購入しました。ここも含めて、ほかの照明もすべて、配線やコンセントが見えないように工夫しています。
兼ねてから「イヤだな」と感じていたものをすべて排除したのが、この軽井沢の家。自分の作品のように思っています。
# 気分のいいくらし
「心構えは、部屋を美しく整えること。ただ、余裕がないときは『今はできなくていい』と割り切ることも大切」

気分よくいるための心構えとしては、やはり部屋を美しく整えること。
雑多な部屋では「いい、わるい」「いる、いらない」のジャッジができにくくなってしまったり、美しいものを見落としてしまったりするので。
ただ、そうは言っても忙しかったり、疲れたりして、余裕のなさから部屋が散らかってしまうときはありますよね。そういうとき、「それでも片付けなきゃ」とか「きれいにしなきゃ」などと思わないようにしています。
余裕がなくて何かが手につかないときは、「今はできなくていい」と割り切ることも大切なんだと思います。窓を開けたり、家から離れて好きな美術館に行ってみたりすると、いい気分転換になるかもしれない。そういうふうに、いつも心にちょっと余裕を持ちたいと思っています。
私も娘が小さかった頃は、仕事の領収証がグチャグチャで、とりあえずカゴに入れておこうって感じで。でも、それはそれでよかったと思うんです。がむしゃらに仕事をしたり、子育てをしたりした時期があったからこそ、今を楽しめていると思うから。
これからも、今の自分にとってなにが必要か、なにが不必要かを見極めて、その時々で変化していけたらいいなと思っています。
DOORS

伊藤まさこ
スタイリスト
1970年、横浜市生まれ。文化服装学院でデザインと服づくりを学ぶ。料理や雑貨など、くらしをベースとしたスタイリングを手がけ、料理本、雑誌等で活躍。自らプロデュースした衣食住全般にまつわる商品を販売するECサイト「weeksdays」を『ほぼ日』と運営中。主な著書に、『あっちこっち食器棚めぐり』(新潮社)『おべんと探訪記』(マガジンハウス)『夕方 5時から お酒とごはん』『する、しない。』(PHP研究所)などほか多数。
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