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2026.07.15
自由になった鳥が福岡の街を見下ろすニキ・ド・サンファル作品 / 連載「街中アート探訪記」Vol.54
Critic / Yutaka Tsukada
私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが観られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回訪れたのは福岡県にあるニキ・ド・サンファル作品。現代美術において1960年代にセンセーショナルな登場をしたニキは、その後フェミニズムとも関わりながらキャリアを展開していく。ニキの思想を感じさせる作品を見る。
前回は銀座駅にある大友克洋の作品を鑑賞!
観光名所にそびえ立つニキの鳥
大北:福岡県の地行中央公園という場所に来てます。PayPayドームや福岡タワーも近くにあって観光スポットのような場所でもありますね。
塚田:1993年にできた作品なので福岡ドームのオープンと同じ年ですね。この辺りがいろいろと開発されているタイミングで設置されたということでしょうか。

大北:説明文があります。エジプト神話のワシの姿の神ホルスと愛の神キューピッドのシンボルが結合されてると。ワシというのはホークスを意識してるのかな?
塚田:調べた限りプロ野球との関連性は出てこなかったので、偶然かもしれないですね。
大北:期せずして福岡とリンクしましたね。
塚田:ニキ・ド・サンファルはこれ以外にもエジプト神話に影響を受けた作品を作っていて、もともと彼女の引き出しの中にあったものと考えられます。
大北:「この中からどれがいいですか」くらいはあるかもしれないけども。
塚田:鳥の作品もニキはちょこちょこ作ってます。

『大きな愛の鳥』ニキ・ド・サンファル 1993年@地行中央公園
フランス人女性作家ニキ・ド・サンファルとは?
大北:下もやはり作品なんですよね。
塚田:そうですね。台座としての機能もあって、しかも門になってる。
大北:くぐれる系だ。昔、新宿の『LOVE』もくぐりましたが。
塚田:けっこう無理やりくぐりましたよね(笑)。

大北:すごく写真が綺麗に撮れるっていうか、色がパキッとしてます。
塚田:植物が絡まっているのも雰囲気が出てますよね。
大北:建築物や橋の感じとも相性がいいですね。この辺りはヨーロッパの古城みたいな、ファンタジックな雰囲気がありますよね。ニキ・ド・サンファルは現地の雰囲気を知って考えたんですかねえ。
塚田:どうなんでしょう。作品自体はいつも通りのニキ・ド・サンファルという感じです。ファーレ立川にもありましたよね。
大北:見ましたね。アフリカ的だなと思ってたんですが、フランスの人なんですね。
塚田:そうですね。ニキは1930年フランスに生まれで、2002年に亡くなっています。アメリカで育って、フランスでアーティスト活動を開始しました。
大北:ルーツがアフリカというわけでもないですか。
塚田:というわけではありません白人です。
大北:出自は関係なくこういう配色なんだ。

銃を使った絵画で一躍有名に
塚田:ニキは銃を使った作品で有名になったんです。
大北:えっ? 銃を使った作品。
塚田:銃をある種の絵筆として使うような「射撃絵画」というので有名になったんです。
大北:撃つんだ。過激ですね。
塚田:絵の具の缶とか袋を銃でバキューンと撃って、当たって絵の具が流れ出た結果を、絵画として提示するんです。
大北:そんなんでいいのかな? という気もしますね。過激さがわかりやすすぎて……。
塚田:ちょうど60年代ぐらいだったんですけども、当時既製品や廃棄物といった日常的なものを使って作品を作る「ヌーヴォー・レアリスム」※というヨーロッパのムーブメントがあったんです。
大北:銃は悪い方の日常ということですかね。
塚田:そういう社会性から読み解くこともできそうですね。それで射撃絵画って廃材みたいな様相になるので見え方としてもヌーヴォー・レアリスムに近いんです。だからその文脈で評価をされて、ニキもその運動に関わっていくようになります。「そんなんでいいのかな」と思うかもしれないですが、当時の前衛美術の中での課題としっかり共鳴していたから、今の目線から見ると「そんなんでいいのか?」が成立したんですね。
大北:ふむー、銃は露悪的な印象も受けますね。
塚田:そうですね。でも公序良俗を侵さず、銃の露悪性や暴力性もあくまでも作品として扱っています。

大北:射撃というとちょっとしたパフォーマンスのような絵画ですよね。
塚田:描くことを身振りが分かちがたく結びついてるタイプの作品って20世紀の中盤いろんなところで試みられてたんですよね。ジャクソン・ポロックという画家がドリッピングと言って絵の具を垂らすとか、筆とかを振った勢いで描くとか。あと日本だと篠原有司男さんが、ボクシング・ペインティングをしましたね。
大北:90年代の映画『ビッグ・リボウスキ』を最近見たら、吊るされて描くアーティストが出てきてました。アーティストはああいう変なことする人だというイメージが世間的にありますよね。
塚田:そんなカリカチュアの大本となったのがこの時代ですね。「行為と作品は結びついてる」ということを示すことに興味が向いていた時代です。ポロックとか天井から吊り下げたロープにつかまりながら描いた白髪一雄とかみんな50、60年代の人ですからね。ただ当時から「アーティスト=変なことをする人」という印象はあったかもしれません。ニキの場合も射撃絵画がテレビに取り上げられて、センセーショナルなものとして話題にもなりました。
※ヌーヴォー・レアリスム…現代においては既製品や廃品にあふれていることが新しい自然であり、そこに現実性を求める芸術運動。「ネオ・ダダ」とも呼ばれる。
フェミニズムを背負う芸術家
塚田:思いのほか人みたいな鳥ですね。足が長い。
大北:ははは、そうだそうだ。特撮ものの敵キャラの怪人みたいな。
塚田:足先は爪っぽい感じになってますね。

大北:こういうカラフルなパブリックアートって珍しいですかね。
塚田:現代彫刻って感じですよね。伝統的な石や鉄、ブロンズとかじゃないもの。カラフルなのは素材が多様化した現代的感覚。
大北:FRPとかプラスチックなやつかな。
塚田:この素材がなにかは調べられなかったんですが、ニキ・ド・サンファルは伝統的な素材を「男性が使ってきたもの」と捉えて、それとは別のことをやりたいとしてポリエステルとかを使ったりしてます。もちろん彼女の作品には伝統的な素材を使ったものもあるんですが。
大北:わざわざ男性という枠組みを持ち出してるんだ。
塚田:フェミニストであることを初期から公言していたアーティストなんです。
大北:へえ! 今回もニキ・ド・サンファルさんをよく知らなくて申し訳なくは思ってますが…地図で検索したら、ニキ・ド・サンファル通りとか、フランスの地名が出てきましたね。
塚田:そうなんですね。でもそういうレベルの有名アーティストですから全然不思議じゃないです。(※フランス国内およびドイツのいくつかの都市には彼女の名前を冠した通りや広場、歩行者専用通路が存在するそうです)

一般的な女性を描いた「ナナ」シリーズ
大北:岡本太郎や小松美羽をこの連載では見てきましたが、色も多くて素朴な、原始的な民族性みたいなのがありますね。
塚田:ニキ・ド・サンファルの場合は射撃絵画をやった後、西洋的な伝統から踏み出していくための一つのやり方として、色彩や造形を使っています。なので岡本や小松のような明確な意識付けというよりは、結果的な見え方が似ているというところですかね。こういう作風を開花させたものとして、ニキには「ナナ」シリーズというのがあります。
大北:へえ~「ナナ」は名前ですか。
塚田:フランスによくある名前で「花子さん」みたいな。一般化された女性のイメージですね。これはお友達の妊娠してる姿にインスピレーションを受けて1965年から作り始めたものです。
大北:女性ならではの身体を見て。
塚田:ですね。すらりとしたプロポーションの肉体ではない、そこから外れたものです。そんな形とカラフルな色彩をセットにして踊ってる姿だったり、開放的な女性像を描いたんですね。

大北:この膨らみも女性らしさ? いやでもこれは「ナナ」シリーズの後の時代か。
塚田:彼女は女性性に対する関心があって「ナナ」シリーズを作ったんですけど、そういう関心は父親から性的な虐待を受けていたことや、なかなか女性が作家として認められないアート界を肌で感じたことに由来しています。
大北:ああ、一旦世に出た後にそういった方向に向かうことは結構ありますよね。
塚田:ですね。作家としての深化を展開としてみせていく。
大北:成功して足場を作ってやっと構造の不均衡を言えるような。
塚田:70年代ぐらいからウーマン・リブの運動が世界的に盛り上がるんですが、ニキ・ド・サンファルの「ナナ」シリーズはウーマン・リブ運動の象徴的なイメージとして認知をされていきます。射撃絵画のときのようにテレビで騒がれるだけじゃなくて、よりシリアスな意味での認知を獲得していくんですね。
大北:ウーマン・リブといえば演劇界隈では90年代に同名の団体が立ち上がりましたが、深刻な問題から30年経った「あんなこともあったよね」的な反動だったんでしょうね。そこからさらに30年経った今も問題は全然残っているので、う〜む…という。
塚田:ウーマン・リブは第二波フェミニズムなんですよね。確か第一波が参政権獲得を目標にした19世紀末から20世紀初頭とかなので。

自身の世界を構築しはじめる
大北:射撃絵画、ウーマン・リブ運動でどんどん有名になっていったニキさん。
塚田:どんどん有名になって、パブリックアートを手がけるようになって。彼女はガウディとか、あとスペインのシュヴァルの理想宮って知ってます? 郵便配達だった人が何十年もガラクタを集めながらでっかい宮殿を作るという、アウトサイダーアートの文脈でよく触れられる作品があるんですけど。自分もそういうのを作りたいと思って、自身の彫刻作品をたくさん集めた庭園を作り始めたんですね。
大北:ええ~! 『探偵ナイトスクープ』が訪れるような地方の変なおじさんが作るパラダイスだ。
塚田:しかもそれ、20年ぐらいかけて作ったんですよね。その制作費を捻出するために香水の瓶だったりコミッションワーク(請負い仕事)をやっていたんです。そうやって時間をかけて庭園を作っていったと。
大北:自分の庭を作るために…!?
塚田:とはいえ、やっていくうちに、大衆的な仕事に意義を見出していったところもあるみたいです。どんな人でも見れるし、手に入れられるから。

ニキ・ド・サンファル宇宙が広がる
大北:でも最初は銃で撃った「ビシャーッ」みたいな絵がこうなっていったというのは、えらい変わりますね。
塚田:説明に神話のことがあったように、ざっくり中期以降は自分の中でストーリーをどんどん膨らませていく方向で制作をしています。最初は「ナナ」から始まって、女性像とか鳥とか蛇とか、よく出てくるキャラクターを中心にしていろいろ作っていくんです。自分なりの神話体系を作るような作家になりますね。
大北:ニキ・ド・サンファル世界が。クトゥルフ神話でしたっけ。個人が神話を作っていくという行為ありますよね。
塚田:エジプト神話のホルスとギリシャ・ローマ神話のキューピッドが2つ合わさってると説明にありましたよね。自分の中でいろんな宗教や神話を取り込んで、独自の図像や立体として表現する。それが作品のテーマになっていくんです。
大北:充実していくニキのテーマパーク…!
塚田:僕の解釈ですけども、「ナナ」シリーズは地上の存在である人間の表現ですよね。それに対置できる存在として、鳥というモチーフも必要だったのではないでしょうか。そうすると構造ができますよね。地上のものと空にあるものという構造が。わざわざ高い位置に置かれているこの作品を見ていると、そういう風に思います。
大北:なるほど。人間という存在を際立たせるために、違う場所にいる鳥というものを作った、見下ろさせた、みたいなことですね。

塚田:私たちと同じ目線にあるものじゃないよと示すには、これぐらいの高さが必要でしょう。
大北:な~るほど、この台座の高さはそれか。高いとこにでっかいものあると、より神様っぽい感じになりますよね。
塚田:ですよね。
大北:手間がすげえ!みたいな作品ってありますよね。でも庭を作るというのはそれじゃないですよね。自分ですごい神話をこっそり作りたいみたいな?
塚田:庭園はそうでしょうね。いろんな人を巻き込みながらおよそ20年制作してたわけですから。しかもその庭園って、開いてる期間が1年のうち3、4か月ぐらいしかないんです。だからお金儲けとは関係なく、自分の世界を作りたかったんだろうなって思いますね。庭園はタロットカードがモチーフになっています。
大北:タロット、たしかにこの台座もちょっとファンタジックですね。門みたいにくぐれてお城みたいだしニキ・ド神話の庭の一部がこことも言えそうな。
塚田:世界中に散らばった神話がここにもあると。

女性として現代美術を牽引する存在
大北:世界が辛くて自分の理想世界を作るみたいなことですかね?
塚田:いや、目立った活動として社会問題に強くコミットした人でもありませんし、実存的な問題に関しては、女性作家という色眼鏡で見られたくないという理由から夫婦関係をわざわざ解消してますからね。子供もいたのに。だから世界が辛いというよりは、自らの表現をダイレクトに伝えるための枠組みとして、神話的世界観を作りあげたのではないでしょうか。
大北:うお。なんか破天荒な感じですね。
塚田:この作品の鳥というモチーフは自由の象徴みたいですよ。ニキは自伝的内容の『ダディ』という映画を作っていて、「少女時代、私は鳥のように自由になりたかった」というセリフがあるんです。だから鳥に対してもそういう思いが託されているのかなと思います。
大北:『かぐや姫の物語』だ。高畑勲のあれもフェミニズムの物語ですね。
塚田:かぐや姫も自由になりたかった人ですからね。月の世界からも、人間の社会からも。ちなみに、日本でニキが話題になったことにもフェミニズムが絡んでいます。日本人コレクターがいたんですよ。女性の経営者で、ヨーコ増田静江さんという方で、自分の会社にニキ・ド・サンファルの作品を置いた「スペースニキ」を女性の憩いの場として作ったんです。そうやって日本でも女性を元気づけたり、勇気づけたりするアーティストとして受け入れられてったんですね。
大北:エンパワーメントしてたんですね。

塚田:1986年に日本でニキの個展が開催されたんですが、男女雇用機会均等法が85年ですから、タイミング的にもフェミニズムの考えがより広まった頃ですね。ニキについても上野千鶴子が言及したり、フェミニズムの文脈での受容がされました。
大北:男女雇用機会均等法もまだそこまで長い歴史でもないんだなあ。
塚田:初期から、女性アーティストとして世界的に評価されてきたという点ではニキ・ド・サンファルは貴重な存在ですね。六本木の『ママン』のルイーズ・ブルジョワ(1911~2010)なんて、かなりおばあちゃんになってから評価されたりしてるじゃないですか。
大北:そうですよね。展覧会に行ったときその人生が紹介されてましたが、大変そうでしたね。
塚田:女性アーティストとして若くから存在感を示せていたということを踏まえると、歴史的にも重要な人です。
大北:いろいろ話を聞いた後にもう一度見ると、フェミニズムの印象は強いですね。卵っぽいなとかね。肉体らしいというか、細胞っぽい線が入っていたり。
塚田:細かく区分けされてる白い部分は、モザイクっぽくてガウディっぽいなとかも思ったりしますけどね。
大北:女性らしさで思い出したのは、SNSで九州といえば男尊女卑の本場だという言説がありますね。
塚田:なんと。そんなことが言われているんですか?
大北:ネットミームでしょうけど、そんな福岡を見下ろしているようにも見えてしまいました。

美術評論の塚田(左)とユーモアの舞台を作る大北(右)でお送りしました
DOORS

大北栄人
ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター
デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。
DOORS

塚田優
評論家
評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二
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