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2023.12.27

【前編】国立科学博物館を巡りながら“生き物”に触れる / 連載「作家のB面」Vol.18 米澤柊

Text / Kohei Hara
Photo / Sakie Miura
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話しを深掘りする。

第18回目に登場するのはアーティスト/アニメーターの米澤柊さん。自身の創作のルーツは幼少期から身近にいた〈生き物〉があるのだとか。今回は幼い頃によく訪れていたという、国立科学博物館を巡りながら話を聞いた。

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【後編】アニメから考えた“生き物”の生と死。そしてオバケ。 / 連載「作家のB面」Vol.18 米澤柊

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十八人目の作家
米澤柊

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現代のアニメーションにおけるキャラクターの身体性、 現実空間の生き物が持っている心の身体性と感情について、また、それらアニメーションが生きる空間の空気をアニメやインスタレーションとして制作。 近年ではアニメーションにおける残像表現の技法「オバケ」に着目する。2023年7月、PARCO MUSEUM TOKYOで開催された個展「Shu Yonezawa Solo Exhibition “Happy Birth”」が注目を集めた。

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《ハッピーバース・デイ》(HappyBirthDay)

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個展「Shu Yonezawa Solo Exhibition “Happy Birth”」の様子 / 撮影:山口梓沙 企画制作:亜洲中西屋(ASHU)

 

生物の進化の先にある我々の身体

まずは国立科学博物館の地球館1階「地球の多様な生き物たち-みんな、関わり合って生きている-」へ。海洋生物の多様性ゾーンをじっくりと観察する米澤さん

――国立科学博物館(東京・上野)に来ています。ここは米澤さんが子どものころから何度も訪れている場所なんですよね。

子どものころから生き物が大好きだったので、よく親に連れてきてもらっていました。おばあちゃんと一緒におでかけしようかというときには、科博を選んだ時もあったり。特別展「海 ―生命のみなもと―」を見るために最近も来たんですけど、常設展に来るのは学生ぶり。見ているとちょっと自分が世界を見るときの解像度が上がっている感じがしますね。

地球が生まれてから現在に至るまでを映像と標本・資料で紹介する「地球史ナビゲーター」で立ち止まる米澤さん

――「解像度が上がっている」とは?

展示のキャプションとかを改めてちゃんと読むとこんなことが書いてあったんだなって理解できるようになっていたりとか、ぼんやりと「でかい動物がいた」と思っていたのが、柄や形状なども気になるようになったり。よりよく見えるようになってました。

一本の木にすむ昆虫とクモの展示をじっくりと覗く米澤さん

――今日久しぶりに訪れてみて、特に記憶に残った展示はありましたか。

最近、生物の進化の過程を描いた系統樹に興味があって、1階の「系統広場」のゾーンは特に惹かれました。もともと生物の進化の歴史については本や図鑑などを読んだりして興味はあったんです。


なかでも『タコの心身問題』という本が好きで。進化の過程で人は心を持ったけど、タコやイカといった頭足類も別の形で心をつくったのではないかというテーマで書かれた本です。

『タコの心身問題』(著:ピーター・ゴドフリー=スミス、訳:夏目大 / 版元:みすず書房)

その最初のほうに生物の進化のことも書いてありました。太古の海に誕生した原始生命体が、無数に枝分かれしていった先に、私やタコや魚や虫が鳥が・・・並んでいるという、同時代にこれだけ多様な生物が存在することが面白いと思います。だから今日は、系統広場のいろんな分岐とかを見て生きている実感が湧きます。

系統広場には菌類、植物、昆虫、動物などずらりと並び、床には多様化を表した線が引かれる

――系統広場の床にはたくさんのライン(系統図)が表示されていて、生き物たちがたどった多様化の道のりを見ることができるんですよね。

すごくきれいですね。離れた場所にいるけどちょっと似てるかもしれないと思う種もあったりして。サイとカピバラって意外と似てるなと思ったりとか……。

それと、今年の7月にPARCO MUSEUM TOKYOで「ハッピーバース」という個展をしたのですが、美術解剖学者として知られる布施英利さんがYouTubeに批評を残してくださって。私の描く絵が人のように骨のある「脊椎動物」と、タコのように骨のない「無脊椎動物」の”間"のように見えるという話をしてくださっていたのも印象的でした。骨がないけど骨のような形をしていたり、肉にも骨にもどちらにも見えたりするっていう。進化の過程で枝分かれしたこれらの生命を、アニメーションで表現しているとおっしゃっていて。制作の際には解剖学的な意識はしていなかったのでそのコメントにはハッとしたのですが、生き物への興味が勝手に滲み出た結果なのかもしれません。今は生命の進化の歴史についてもっと深く学びたいという思いがあります。

《海とアニマ》 / 個展「Shu Yonezawa Solo Exhibition “Happy Birth”」より / 撮影:山口梓沙 企画制作:亜洲中西屋(ASHU)

あと、以前、科博の「海展」(特別展「海 ―生命のみなもと―」)を訪れたときに、進化の樹形図の脊索動物にホヤがいるのを見つけて。ホヤは原索動物で、私たち脊椎動物と一番近い分岐にあります。私は「サルパ」っていうホヤが好きで、絵を描くときにも参考にしているんです。

深海生物の「サルパ」 / 提供:Timmothy Mcdade / Shutterstock.com

――透明なのでクラゲみたいにも見えますが、これもホヤの一種なんですね。参考にしているというのは?

率直に、サルパの造形は美しいなと思います。それから、私はデジタルアニメを使って、肉体を失った人の形や魂の形をかたどるってことに取り組んできたんですけど、その実践において、感覚的な面での「濃い部分」と「薄い部分」があるなと思って。実際の人体の骨とは違う「イメージの骨をつくる」ということを考えながら絵を描いたりしているんです。(ノートに軽くスケッチしながら)こうやって手があって、大きめの肉の内側に、骨じゃないけど濃い部分ができる。

インタビュー中、おもむろにスケッチを描きだす米澤さん

――この部分が「濃い」(イメージの骨がある)と思うのは、米澤さんの身体感覚によるものですか?

そうですね、自分の身体感覚と他人が自分の身体感覚とか、人を見たときのイメージとか、出会ったことのない何かの姿や身体を描き起こすときの感覚とか。自分の身体感覚の例で言えば、いまコップを持っている左手に集中すると右足には意識が向かなくなる。そういう身体感覚を反映したものが濃い部分になったり薄い部分になったりします。

――イメージの骨を描こうと思うのは、実際の物体というより人間の感覚や魂のようなものを描きたいといった意味合いなのでしょうか。

そうかもしれません。例えば、人の肉体が無くなったとして、その存在や形を思い起こすとします。見た目の形とかがすべて失われた状態から想像する感覚って、アニメーションを描くのと同じことが行われていると思っていて。頭の中でアニメーションを描くように、人の形や雰囲気をかたどっているなと。そうした「見えないものをいることにする」創作において、サルパのような透明な生き物が参考になるんですよね。このアニメーションの肉体をレントゲン化したらどうなるのかと考えて、ドローイング展(「うまれたての友達」)を開催したりもしていました。

展示「うまれたての友達」より / 撮影:山口梓沙 協力:吉田山

写真左は《友達以上友達未満》、右が《力を入れる前》

 

自然という日常と非日常

地球館3階の「大地を駆ける生命-力強く生きる哺乳類と鳥類を見る-」にはさまざまな哺乳類と鳥類の剥製が並ぶ。「幼い頃に来たときからずっと印象に残っている場所です。久々に来られて嬉しい」と米澤さん

――米澤さんが生き物を好きになったきっかけはなんだったのでしょう。出身は東京ですが、自然が多い場所で育ったと聞きました。

そうです、山の方で。毎年夏になると川で泳いだり、山に登り、虫と遊ぶ。地域の児童館で自然観察会というのがあって、そういうのに自分で参加したいと思うくらいだから相当自然が好きだったのかもしれないです。みんなでどじょうやザリガニを捕まえ観察したり化石掘りなどもしていました。

――なぜ生き物に惹かれるのか考えたことはありますか。

生き物が人間くらい近かったのかもしれないです。「虫いた!」というよりも、「あ、虫か」みたいな。自然とちょっと離れちゃうんですけど、ぬいぐるみが好きなのもそれに近いかもしれない。

――どこか並列に捉えていた部分があったのかもしれないですね。

そう思います。あとは、うちにゲームがなかったとか、アニメをたくさん観られる環境じゃなかったのもあって、図書館や自然観察会へ行くことが、私にとっては非日常で何か面白いものに触れられる場所になっていました。

――じゃあ、子どものころはもっぱら自然の娯楽に興味を惹かれていって。

そうですね、宇宙や星を見ることもいつの間にか好きになってました。実家の自分の部屋には『Newton』(科学雑誌)付録のアンドロメダ星雲のポスターが貼ってあったんですけど、なんで飾っていたのか理由がわからないんです。自分で貼ったはずなのに、いつ手に入れたのかとか、どこから興味を持ったのかあんまり覚えてなくて……。でも、大学進学時には天文学者を夢見たこともあるくらい、星を見たりすることに夢中になっていました。


最近は衛星アプリを見るのがマイブームになっています。人工衛星の位置がリアルタイムに知れて、その方向にスマホを掲げるとARで軌道が見られるアプリがあるんです。

 

なんで青いのか、ほんとにわからない

地球館2階「科学と技術の歩み-私たちは考え、手を使い、創ってきた-」も覗く

――事前に伺った話では、高校時代に空を見ていて、「空が青いのが信じられない」とふと思ったタイミングがあったとか。詳しく聞かせてください。

生まれたときから青いはずなのに、高校生のときに急に「なんで青なんだろう。赤じゃダメなのか」みたいに思って。高校の渡り廊下にベンチがいくつかあったんですけど、そこで先輩と話していたときに「空が青いのは変だし、自分たちはちっちゃすぎてやばい」みたいな話になったんです。

――急にしっくりこなくなったってことですか?

自然の話とかをしてた流れだった気がします。空が青い理由って、「こういう現象があるから」って説明はできるじゃないですか。

──科学的には、「太陽の光に含まれる色のうち、波長の短い青い光が上空で散乱し、それを地上から見ることで空が青く見える」​​と言われていますよね。

はい。でも、例えばアート作品を見たときでいう「なんでこの部分を青色で塗ったんだろう」みたいなところはわからないなって思って。神様とかを信じてるわけでもなかったので、ほんとにわからないなって。自分にとっては月が3個あるくらい変に思えたんです。

――それはだいぶ大ごとですね。怖さを感じるとかではないんですか。

宇宙が大きすぎることとか、予想できないこととかを感じると毎回鳥肌が立って、怖いというよりも素敵だなと思ってテンションが上がります。ぞわーっていう、感動が襲ってくるというか。もっと知りたいなって思いが生まれる。

――そこまでいろいろな興味があると、大学の進路選びも迷いますよね。

水族館の飼育員か天文学者か、絵を描くかっていう選択肢が浮かんでいました。絵を描く方向に進めば、そのなかで星のことも魚のことも考えられるのかなと思って、美大を選んだんです。

国立科学博物館を回りながら、生き物にまつわるルーツを語ってくれた米澤さん。後編では、生き物への興味とアニメーション制作の結節点を巡り、X(旧Twitter)のID(@mendakoanime)に潜むメンダコへの愛やアニメーションをつくる動機を深掘りします。

Information

〈国立科学博物館〉

国立科学博物館は、様々な分野の研究者、数多くの標本資料、膨大な研究成果を蓄積しています。そして、これらの資源を活用するとともに、大学の研究者や学会、他の博物館や企業など、国内外の様々な機関とも連携して、魅力ある展示や学習支援活動を開発・実施しています。人々が科学的に考え、合理的に判断し行動できる「科学リテラシー」を育むため、国立科学博物館では社会と科学のコミュニケーションを促進します。

2023年10月28日(土)〜2024年2月25日(日)は特別展「和食 ~日本の自然、人々の知恵~」が開催。

住所:東京都台東区上野公園 7-20
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜(月曜日が祝日の場合は火曜日)、年末年始(12月28日~1月1日)
詳細は公式HPより

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ARTIST

米澤柊

アニメーター/アーティスト

東京生まれ。アーティスト、アニメーター。現在のデジタルアニメーションにおけるキャラクターの身体性と、現実空間の生き物が持っている心の身体性と感情について、またそれらアニメーションが生きる空間の空気を制作している。主な個展に「名無しの肢体」(トーキョーアーツアンドスペース本郷[OPEN SITE7]、2022)、「エマージェンシーズ! 041《劇場版: オバケのB′》」(NTT インターコミュニケーション・センター、東京、2022)、参加企画展に「惑星ザムザ」(小高製本工業跡地、東京、2022)、「ATAMI ART GRANT」(熱海市街地、静岡、2021)、「Happy Birth」(PARCO MUSEUM TOKYO、東京、2023)など。また、主な共同制作としてMV「Nitecore - Heartbeat」(ディレクション:ファンタジスタ歌磨呂)や、東京スカパラダイスオーケストラのMV「会いたいね。゚(゚ ́ω`゚)゚。feat.⻑谷川白紙」のアニメーション作画、KAIRUIによるシングル「海の名前」のアートワーク制作など。

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