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- 「誰かに没頭してもらうには、自分がどれだけディテールに没頭できるか」 Cat's ISSUE・太田メグが大切にする世界観 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.32
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2025.02.12
「誰かに没頭してもらうには、自分がどれだけディテールに没頭できるか」 Cat's ISSUE・太田メグが大切にする世界観 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.32
Photo / Ryusei Nagano
Edit / Mai Mushiake & Quishin
自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。
お話を聞いたのは、ネコ好きクリエイターと共にネコへの「偏愛」を発信するプロジェクト「Cat's ISSUE」を主宰する太田メグさん。ネコ好きクリエイターと一緒にアパレルや雑貨を企画・販売したり、WOWOWとコラボしたネコ番組を手がけたりなど、Cat's ISSUEのディレクターとして様々なプロジェクトを通じて世のネコ好きを楽しませてきました。そんな太田さんは、大学時代にメディアアート界に飛び込んだ経験から「みんなが没頭して楽しめる世界観をつくるのに大切なことは、自分自身が目に見えないディテールにまで没頭すること」と気づいたのだといいます。
2025年1月、Cat's ISSUEのアイコンであり半年前にお別れしたパートナーネコ・コムタンの本をつくる太田さんの元を訪ね、自身のクリエイティブを支えるアート体験について聞きました。
寺井幸也 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.31はこちら!
# はじめて手にしたアート
「画廊に勤める母の親友が買ってくれた『しかけ絵本』が、自分の初期衝動かもしれない」

2021年に登場し、瞬く間に完売した「日めくりカレンダー」企画が2025年に復活。表紙はコムタンで、Cat’s ISSUEの仲間たちのネコ(通称、親戚ネコ)や、一般公募者の中から選ばれたネコたちが続々登場する、ネコ愛溢れるオリジナル商品
大学は多摩美術大学だったのですが、中学・高校は女子美術大学付属に通っており、その頃から美術の学校で学んできました。
また、母は銀座の画廊に勤めていて、幼い頃からよく一緒にギャラリーを回ったり、美術館の展覧会を観に行っていた記憶があります。
そういうわけでアートに触れはじめた記憶がかなり古く、また大学生以降は「アートは所有するより体験する楽しみのほうが大きい」と感じてきたこともあり、何をはじめて手にしたアートと定義したらいいのか難しいのが正直なところ。
ただ、この絵本はもしかしたら、私のクリエイティブへの初期衝動的なものとして紹介できるかもしれません。

ジャン・ピエンコフスキー《おばけやしき》
海外で出版された『おばけやしき』というしかけ絵本で、小学生の頃に母の親友に買ってもらいました。実家を出て一人暮らしをはじめてからもずっと側に置いていて、今も大事にしています。
しかけ絵本なので、動物が飛び出てきたり扉が開いたりするんですけど、階段や扉の裏など本当に細かいところまで絵が描かれているんです。飛び出してくるコウモリがギーギーと鳴いたりするなど、すごく作り込まれているんですよね。

母は、本と画材だけは好きなだけ買ってくれる人で、なかでも私は『センダックの世界』や『エルマーの冒険』などファンタジー作品が好きでした。
そういった作品から影響を受けて、大好きな祖父の膝の上でドラゴンや話す動物などが登場する物語を空想しては、頭の中の世界を紙に描いていたんです。
# アートに興味をもったきっかけ
「『便利さ』ではなくストーリーをつくって、喜びや楽しみを生み出しているポストペットが、アートの概念を広げてくれました」
高校生まではアナログで絵を描いていたのですが、大学では造形表現学部というデジタル寄りの学部に入りました。その頃、アルバイト先でメディアアートに触れた経験が、私の中のアートの概念を大きく広げてくれました。
アルバイトをしていたのは、メディアアーティストの八谷和彦さんらが立ち上げたペットワークスという会社。インターネットサービスプロバイダの事業をSo-net(ソネット)がメインとして始めていくタイミングで、八谷さんらがピンクのクマがメールを運ぶメールソフト「ポストペット」を開発したんです。「発明した」とそのときは仰っていましたね。

大学時代を楽しそうに回想する太田さん
メーラーがひとつの家になっていて、画面に映る部屋のなかで小さなクマがメールを運んだり受け取ったりしてくれるんです。運んでいくと相手からおやつをもらえたり、撫でてもらったりできるようになっていて、クマが「撫でられた」とか言って帰ってくるんですよ。
それってメールのやり取りには必要のない、一見すると無駄なコミュニケーションではあるんですけど、「便利さ」ではなく「ストーリー」をつくることで、喜びや楽しみを生み出していることがすごいなって感動したんです。また、そういうふうに新しい概念で生まれたサービスも「アートの文脈で語られたりするんだ」という驚きもありました。
ポストペットを通じて、世界観をつくり上げることの重要さを学びましたね。つくり込まれた世界観というものが、みんなに没頭して楽しんでもらえる装置になるんだなって。
一枚の絵だとしても、その世界観を表現するために、作家さんは小説が書けるくらいの想いを込め、「このキャラクターの側にはこういうものが置かれている必要がある」など細かな設定について思考を凝らしている。目に見えないディテールにどれくらい自分が没頭できているかによって、視覚的に受け取れる表層の部分が変わり、観てもらう人への伝わり方も変わってくると思っています。
# 思い入れのあるアート
「世界観が大好きだったお店への思いを伝え、ずっと憧れていたオブジェを譲っていただきました」

「Cat's ヒゲ入れガラス容器」はCat's ISSUEのベストセラー。「お財布にがんばって貯めている方もいるけど、管理が難しい。大好きなネコの髭をどうやったら美しく飾れるか?というアイデアから生まれました」イラストをLee Izumidaさんに描き下ろしていただいた特別版
メディアアートのなかでも一番好きな作品は、クワクボリョウタさんの『10番目の感傷(点・線・面)』。
メディアアート界で傑作と言われている作品で、社会人になって少し経ってからICC[NTTインターコミュニケーション・センター]で体験しました。
真っ暗な部屋にクリップやザルなど日用品が並べて置かれていて、そのなかを小さな列車が走っていくんです。体験していただくのが一番よく伝わると思いますが、最新のテクノロジーなどではなくありふれたモノだけでつくられた作品なのに、すごくエモーショナルなんですよね。
それから、アトリエ兼ギャラリーショップ「Out of museum」を運営する小林眞さんのつくった目玉焼きのオブジェも、大切な作品です。

自宅のテレビボードに飾られている
小林さんは90年代に「Eats」というレストランを経営されていたのですが、世界を広く旅をして集めてきた、個性的で美しいあらゆるジャンルの創造物が飾られていて、博物館のような世界観。当時の私にはとても新鮮で、本当に大好きな場所でした。そして、その頃からこの目玉焼きのオブジェは憧れの存在だったんです。
しばらくして小林さんはOut of museumを始められるのですが、そこにも目玉焼きのオブジェがいくつか飾られてあって。私は随分と熱っぽくなりながら小林さんに、自分の思いの丈を伝えた記憶があります。
「私にとってEatsは昔から憧れのお店で、世界中を旅行することはできなくても、Eatsに行ったらそういう気分になれていたんです」って。
そうしたら小林さんが、シンボルであるこのオブジェを「つくるよ」と言ってくださって。ほかの方からもいくつか頼まれてつくったうちのひとつを、譲っていただきました。
# アートのもたらす価値
「選ぶ仕事、つくりたいものがどんどん、ハズレなくなっていったんです」
アートというのはポストペットのような、「生活の役に立たないものが持つ価値を再確認させてくれるもの」でもあるし、「自分は何が好きなのかに気づくきっかけをくれるもの」でもあると思っています。
私、現代アートのことをよく理解できていなかった頃から、美術家である内藤礼さんの「心」が好きです。

内藤礼さんの著書『空を見てよかった』
それに気づいたきっかけは、内藤さんのドキュメンタリーを観たこと。空間そのものを作品化する家プロジェクト・きんざ(直島)を地元の方々と一緒につくっていく過程なのですが、完成してみんなが喜んでいるところに、内藤さんが両手で薄い紙を大事そうに持ってくるんです。
その紙を、私からのみなさんへのプレゼントですと言って開くんですけど、なかに包まれていたのが縁(ふち)が真っ赤に塗られた丸い紙。もちろん誰も、それがなんなのかわかりません。わからないけど、大事そうに持ってきたものだから、みんなそれを一生懸命に見ようとするんですよね。
私は、内藤さんの作品ってこれなんじゃないか、と思いました。物資的なものではない魂みたいなものを見ようとさせるのが、内藤さんの作品が持つ力なのかなって。
それができるのは内藤さんが、現代アートに詳しくない人たちに対しても自分が思いを込めたものを堂々と見せていくから。その気持ちが、私はすごく好きだと思ったんです。

若い頃は、自分が何に惹かれているのかわからず「綺麗な色が好きなのかな?」などいろいろと考えましたが、アナログにデジタル、様々なジャンルの作品に触れた結果、「そこにあるストーリーが何かの形になって出てくる」ということが好きなんだなと気づきました。
そうやってアートを通じて自分の欲しているものが見えていったら、自分の選ぶ仕事、つくりたいものがどんどん、ハズレなくなっていきましたね。
# 17年の思いを込めたクリエイティブ
「やり切ることで、やり切れた気持ちになる未来がある」

コムタン(写真提供:太田メグ)
私自身はいま(取材は2025年1月に実施)、17年間連れ添ったコムタンの本をつくっています。
2024年8月に亡くなったのですが、パートナーであるネコとの暮らしは、私の人生に新しい種類の感情をもたらしてくれました。看取るまでの17年間、私としては闘病も含めてやり切った。そんな自分が今どう感じているかを、本として残したいなと思っているんです。

ニューヨーク在住の陶芸家・SHINO TAKEDAさんは、コムタンの骨壷をつくってくれたという

ご自宅にはSHINO TAKEDAさんの手びねりのマグカップも
正直、喪失感でいっぱいではあるんですけど、暗い話ばかりにしたくはなくて。ミュージシャンでネコ友だちでもある坂本美雨ちゃんとも、「待ち合わせに遅刻したのはネコが可愛すぎたせい」とか言って、ネコを通じていつもふざけ合っていたから。
SNSやCat's ISSUEを通じて多くの方々に見守ってもらってきたコムタンは、いかにおもしろおかしいネコだったか、たくさんの写真とエピソードで届けたい。また、美雨ちゃんも同じ時期に愛ネコのサバ美を亡くしているので、私たちが生涯のネコと別れたあとにどんな気持ちでいるのかお互いに載せたいと思っています。
どんなに悲しい現実が待っていたとしても、やり切ることで、やり切れた気持ちになる未来があって、残るのは「悲しい」という気持ちだけじゃない。だから怖がらずに一緒に楽しく暮らしてほしいという思いを、これからネコと一緒に暮らしたい人や、老ネコになってきて心構えをしたい人たちに、届けられたらいいなと思っています。

壁の絵は太田さんの息子さん・セコムくん(通称)が描いた『レッドコム』
Information
『コムタンっていうネコの本』
株式会社ステレオサウンド(版元)より2025年3月3日に発売。
インスタグラムで12万を超えるフォロワーが見守る「コムタンというネコ」。
その出会いから別れまでを振り返り、日々の笑いや幸せを、著者独自の視点で綴っていく。
食卓に並んで着席したり、雄弁な尻尾であやしたり、じぃっと見て訴えたり、多少のことは甘んじて受け入れたり……。
かわいそうで、かわいくて、おもしろい、コムタンという不思議なネコの魅力が満載の1冊。
書籍発売にあわせて出版記念イベントも開催!
『コムタンっていうネコの本』 出版記念 先行発売トークイベント
日時:2025年2月22日(土)19:00〜20:30(15分前より入場/接続可能)
会場:代官山蔦屋書店 3号館 2階 イベントスペース/ZOOM配信
参加費:イベント [来店参加] 券(1,650円/税込)+トランプ付き特装版 書籍『コムタンっていうネコの本』(2,800円/税込) 4,450円(税込)/ オンライン視聴参加 1,100円(税込)
詳しくはこちら
DOORS

太田メグ
「Cat's ISSUE」主宰
多摩美術大学卒業後、デザイン、編集、キュレーションなど様々な職を経験し、2010年にアートラウンジ「SUNDAY ISSUE」を立ち上げる。2013年には、ネコ好きクリエイターと共に「Cat's ISSUE」プロジェクトを発足。アパレルや雑貨のデザイン・企画、POP-UPの開催など、ネコへの偏愛を発信する活動を展開しながら、SNSを通じてネコと子どもの成長記録を発信するなど、現代における幸せなネコとの共生を模索中。
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