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INTERVIEW

2025.05.28

ストリートアートのレジェンド、エリック・ヘイズが語る。「アートは自らがコントロールしない部分にあるものなんだ」

Text / Keisuke Honda
Photo / Shin Hamada
Edit / Eisuke Onda

“Graffiti”の文化がニューヨークで爆発的に広がった1970年代から、路上に生まれた“落書き”が世界で価値を帯びるまでになった現代まで。エリック・ヘイズは、ストリートアートの存在を世の中に浸透させた立役者であり、その潮流を直に感じ取ってきた一人だ。そんなレジェンドアーティストはいまなおアートと真摯に向き合いながら作品を生み出している。彼の来日を機に、近況を含めて話を訊いた。

ERIC HAZE(エリック・ヘイズ)
ニューヨークの伝説的なアーティスト兼デザイナーであるエリック・ヘイズは、1970年代に活動をスタートさせ、キース・ヘリングやジャン=ミシェル・バスキアといった友人たちと共に作品を展示した。1980年代後半には自身のデザインスタジオを設立し、1990年代にはアパレルブランドを立ち上げる。アイコニックな手書き文字で知られるヘイズは、ブランドとのコラボレーションを通じて現代デザインやストリートカルチャーの分野で注目を集め、最も人気のあるクリエイターの一人として活躍を続けている。

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《painting#13》 2025 Acrylic on Canvas

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《painting#2》 2025 Acrylic on Canvas


アートが成熟する背景には
盛衰のサイクルがある

──まず今回の来日目的を教えてください。

動かしているプロジェクトはいくつかあるけど、一番の目的は「atomoscon 2025」でのポップアップだよ。そこでHAZEブランドを一部的にリローンチしたんだ(※1)。あとはこれまでつながってきた仲間たちと再会すること。日本には名前を挙げたらキリがないほどの友人がいるからね。

※1......atomoscon 2025ではエリック・ヘイズが1986年にキース・ヘリングのポップアップショップでローンチした伝説的なアイテム「BAT HAZE」が再販された

──日本に多く訪れているHAZE氏ですが、この国のどんなところに魅力を感じますか?

日本のクリエイティビティやデザイン力は世界的に見て高い水準で、来るたびに刺激を受けるよ。日本のアートシーンはこの何十年の間で大きく成長している。ギャラリーの数にしても、最初に訪れた頃からものすごく増えているんだ。

──日本のアートシーンの成長を見てきた以上に、自身を育てたニューヨークのアートシーンも見続けてきたかと思います。

そうだね。現在はミュージシャンがアーティスト活動をすることもあればその逆もあって、アーティストとグラフィックデザイナーが別モノとして区別されていた昔と違って垣根がなくなっている。それと、私がこれまでニューヨークのアートシーンを見てきて感じるのは、サイクルが存在するということかな。たとえば、アートに勢いがなくなれば音楽が元気になり、音楽がコマーシャル色を濃くするとストリートにインディペンデントなアーティストが現れる。それがファッションの場合もあったりしてね。こうした繰り返しのなかでシーンが磨かれてきたんだと思う。

それこそ、70~80年代にかけてのニューヨークのアートシーンは本当にHotだった。キース・ヘリングやジャン=ミシェル・バスキアを筆頭にニューヨークのアーティストの存在が世間に知れわたり、アートに注目するさまざまな企業がこぞってギャラリーをオープンした。けれどこの勢いは、それまでに活躍していたアーティストたちの没落とともに徐々に衰えを見せていった。そこへ新たに台頭したのがHIPHOPだよ。パブリック・エネミー、ビースティ・ボーイズ、EPMD──、私は80年代にグラフィティからグラフィックデザインの領域へと活動を広げていて、音楽シーンにアートワークを提供するようになった(※2)。

※2......エリック・ヘイズが手がけたグラフィックデザインの例として、パブリック・エネミーの1stアルバム『YO! BUM RUSH THE SHOW』や、ビースティ・ボーイズの3rdアルバム『CHECK YOUR HEAD』のジャケットデザインなどがある。また、音楽レーベルTommy Boy RecordsやHIPHOPグループEPMDのロゴデザインもエリック・ヘイズによるもの。

写真左から、パブリック・エネミー『YO! BUM RUSH THE SHOW』、ビースティ・ボーイズ『CHECK YOUR HEAD』のアートワーク

それからしばらくロサンゼルスを拠点にしていたけど、10年ぶりにニューヨークへと戻ることにした。そうしたら、自分よりも若くて斬新な発想を持つストリート生まれのアーティストが活躍していて本当に驚いた。そこにいた一人がKAWSだよ。とにかく私はニューヨークの新しい風にインスパイアされ、自らの手で作品を作りたい衝動に駆られた。それで再びペインティングをやりはじめたんだ。

テクノロジーによるアートの進歩は“Scary”だね

──アートシーンにおける変遷をその身に感じ取ってきましたが、過去と現在の間に起きた最も大きな変化はどこだと感じますか?

やっぱりインターネットの出現が大きかったと思う。昔はニューヨークならニューヨークだけ、東京なら東京だけという具合に、ローカルごとのシーンでしかなかった。ローカル以外のことに触れたい人は、わざわざ飛行機に乗って遠い地まで足を運ばないと詳しい情報がわからないアナログな時代だったわけだから(笑)。それがいまや、世界中の人々が等しく情報をキャッチできるようになったことでアートは急速に成長した。

インターネットが発展したことによる変化は、アーティストのあり方にも影響していると思う。長年積み重ねてきた努力の末に成功を掴むのがひと昔前だとしたら、現代はあらゆる方法のなかから自分にマッチする手段を選び、好きなように発信することができる。クイックに成功できて、それこそ一夜でスターになれる可能性だってあるんだ。ただその一方で、インターネットの発展による弊害も当然ある。私が感じるのは、作品そのもののクオリティが判断しにくくなったということ。たとえば、SNSで100万人のフォロワーがいるアーティストの作品が必ずいいものかというと、そうではない。1万人しかフォロワーがいないアーティストだって、クオリティの高い作品を生み出している人はいるからね。

──テクノロジーの発達により、NFTや生成AIのようにフィジカルに依存しないデジタルならではの表現が誕生しています。フィジカルな作品を作り出すHAZE氏がそれらをどう捉えているのか気になります。

率直に言うと“Scary(おっかない)”だね。たしかにNFTやAIの世界はアートの領域を広げる可能性に満ちたものかもしれない。だけど、それらを生み出しているのは結局のところ人間であり、人間の心をいかに失わずにいるかが大切だと常に思っている。

グラフィックデザインにも似たことが言える。デジタルグラフィックを用いたワークは世の中にたくさんあるし便利なものに違いない。しかし“ツール”を使う以上、そこには必ずフォーマットが存在していて、フォーマットに沿えば他と同じ結果しか生まなくなる。だから私は自らの手で生み出すものを大切にしようと改めて思った。テクノロジーを駆使すればグラフィックデザインは容易に訂正できるけど、そもそもアートに間違いなんて存在しない。そういうことなんだよ。アートは自らがコントロールしない部分にあるんだ。


まだまだ新しい挑戦をしていきたいね

──今回、とあるエキシビジョン向けに新しい作品を制作したと聞きました。コンセプトや見どころを教えてください。

今回行うエキシビジョンではキャンバス以外に、住空間を意識したさまざまなホームウェアにもペインティングやドローイングを施したんだ。このエキシビジョンの位置付けは、私が20年前から模索してきた抽象表現の最新バージョン。だから、プロダクトそのものというより私自身のバックグラウンドやストーリーを読み解きながら作品を観てもらいたいと思っている。それと、私の作品はこれまでBlack&Whiteがメインだったけど、新しいスタイルを探る意味でインディゴを用いた作品にも挑戦している。

イームズのチェアにペイントするヘイズ氏(提供写真)

──エリック・ヘイズはストリートから生まれたアーティストで、作品からその面影を追うことができます。作品を制作する際、グラフィティ要素を意図的に反映しますか? それとも、ご自身のなかになにか明確な線引きがあるのでしょうか?

興味深い質問だね。たしかに作品にグラフィティのTagを入れているから、そういう意味ではグラフィティ要素を反映していると言えるのかもしれない。それに私自身、グラフィティの世界にいる人間を常にリスペクトしていて、シーンの進化を望んでいる人間でもある。だけど私にとってグラフィティは目的ではなく、あくまでもプラットフォームなんだ。だから、グラフィティを作品としてそのまま表現することも、当時と同じツールで描くことも絶対にしないと決めている。作品の要素で言えば、幼い頃に体験した50年代のアブストラクトアート(※3)の影響も強くあると思う。エリック・ヘイズはグラフィティの印象が強いアーティストということはよく理解しているけど、そのイメージを打ち破るために新しい作品を作ってきた。それがここ最近になってようやく確立してきたように感じているかな。

※3......エリック・ヘイズは肖像画家のエレイン・デ・クーニングが描く抽象表現を幼い頃に体験し、それ以降は師として仰いでいる

──今後のストリートのアートシーンにおいて、ご自身はどのような役割を担う存在だと感じますか?

シーンのなかでは当然シニア側の人間になる。でも、自分のポジションのことはあまり理解していないんだ。なぜかというと、年齢的にはTeacherである一方で、まだまだ多くのことを学ばなければいけないStudentでもあると思うから。他のアーティスト、特に若い世代たちからいつも多くの学びを得ているよ。だから自分もGiverであり続けたいし、未来ある若者たちに63歳のアーティストのポジティブな姿勢を見せていきたいね(笑)。それに若い頃は時間があるのにアイディアを生むことに苦労したけど、いまは時間はなくなってきているのにアイディアが湧いてくるんだ。この歳になると明日も生きていられる保証はない。だから、自らが過ごしている時間に集中してベストなワークを作りたいと思っている。アナウンスはだいぶ先になると思うけど、大きなプロジェクトもすでに動き出しているから、楽しみにしてほしい。

「大きなキャンバスにいろいろなアーティスト同士が絵を描くような試みをしてみたいな」

ARTIST

エリック・ヘイズ

アーティスト/デザイナー

ニューヨークの伝説的なアーティスト兼デザイナーであるエリック・ヘイズは、1970年代に活動をスタートさせ、キース・ヘリングやジャン=ミシェル・バスキアといった友人たちと共に作品を展示。1980年代後半には自身のデザインスタジオを設立し、1990年代にはアパレルブランドを立ち上げた。アイコニックな手書き文字で知られるヘイズは、ブランドとのコラボレーションを通じて現代デザインやストリートカルチャーの分野で注目を集め、最も人気のあるクリエイターの一人として活躍を続けている。

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