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2026.03.18

今や私たちの生活になじんだポストモダンを浅草のフィリップ・スタルクの炎に観る / 連載「街中アート探訪記」Vol.50

Text / Shigeto Ohkita
Critic / Yutaka Tsukada

私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが観られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回訪れたのは浅草・吾妻橋の対岸にそびえる、フィリップ・スタルクによるアサヒビール吾妻橋ホール(愛称スーパードライホール、オブジェ部分はフラムドール)。その大きさや立地から私たちの生活に馴染み、浸透してきた金のオブジェからそのポストモダンデザイン性を掘り起こす。

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  • #大北栄人・塚田優 #連載

スカイツリーと並ぶ浅草のランドマーク

大北:アサヒビールの本社ビル横にある金のオブジェを見に来ました。浅草側から写真撮ってる旅行客がたくさんいました。
塚田:スカイツリーと並んでるしちょっとした名所になってますね。
大北:川があるからこれだけ大きくても見えますね。いい場所にあるなあ。
塚田:そうか。川のおかげで眺望が確保されてるのか。スーパードライホールは1989年に隣の本社ビルと同じタイミングでできました。元々この辺りにはアサヒビールの工場があり、一度手放したのですが、1987年のスーパードライ大ヒットで一部を買い戻し作られた建物です。創業100周年記念なので本社ビルの高さは100メートルなんですって。
大北:会社って面白いですね。なんか理由をつけますよね。100メートルがあの高さだからよかったですが。
塚田:100フィートで建てたらだいぶ小さくなっちゃいますよね。本社ビルは日本の建築会社ですが、ホールを手がけたのはフィリップ・スタルクというフランス人のデザイナーです。
大北:おっ「フィリップ・スタルクの椅子」とかインテリアの世界で聞きますね。
塚田:もともとはインテリアや家具のデザイナーとして出発して、インダストリアルデザインや建築へと自らの領域を拡大していった、今でも現役バリバリの存在です。

建築と彫刻の端境にあるもの

大北:そもそもこれって「パブリックアート」って扱いになるんですか?
塚田:そこですよね。正確に言うと、これ「建築物」なんです。金色のオブジェ自体で作品として独立しているわけではなく、あれは建物全体の一部なんです。

『フラムドール』1989年フィリップ・スタルク @アサヒビール吾妻橋ホール(愛称:スーパードライホール)

大北:なるほど、建物込みで作品…いや、建築物?
塚田:よくよく考え始めると、彫刻と建築の境界ってだんだんぼやけてくるんですが、これがまさにという感じです。
大北:「どっからが彫刻か?」みたいな。オブジェの下の建物はホールなんでしたっけ?
塚田:今はレストランになってるみたいですよ。多目的スペースとして使われてた時期もあります。一応これ、全体で「聖火台」を表していて、一番上のは「炎」なんですって。
大北:え~っ! 意味があるんだ。
塚田:「新世紀に向かって飛躍するアサヒビールの燃える心の炎」だそうです。そうすると今レストランとして使われてる部分は「聖火台の台の部分」という見立てで1つの彫刻作品としても見えてきますよね。
大北:にしてはでかいですけどね。

塚田:建物の有用性が揺り動かされるような存在感はすごい。
大北:なるほどなあ。「彫刻だぞ/いやそれにしてはでかいぞ」と。そういう「どっちにもとれる」二重性が鑑賞を豊かにしますよね。 にしても、聖火なのは気づかなかった。
塚田:実は日本経済新聞の名物連載『私の履歴書』でアサヒビールの社長が語っておりまして、「垂直に立てるつもりがごろんと寝てしまった」ということなんだそうです。
大北:なんとー! それは聖火台だ。そういうことか。

ポストモダンのフランス代表、フィリップ・スタルク

塚田:でもこれはやっぱり「フィリップ・スタルクに頼むとこうなるか~」みたいな感じですよ。高輪ゲートウェイのエマニュエル・ムホーで話した「ポストモダンデザイン」って覚えてます?
大北:モダニズムが終わった後の話でしたね。
塚田:そうですね。フィリップ・スタルクは建築やインテリアをやってますけど、立体物におけるモダニズムっていうのはとても合理的なもので「用途にふさわしい形態であればいい」って考え方なんですよ。
大北:「速さを突き詰めると自然と形が美しくなる」みたいなことは車の世界とかで言われてますよね。
塚田:「余計な装飾とかはいらないよね」っていう考え方です。たとえば団地をイメージしてもらえばいい。
大北:団地の話しましたね、思い出しました。
塚田:で、そういう流れからの反発というか、次なるデザインのあり方として出てきたのが「ポストモダンデザイン」です。

大北:モダニズムのシンプルさからの反発なら、ポストモダニズムは「装飾」の方向にいくんですかね?
塚田:おお、そうです、そうです。話を単純にするとモダニズムの金科玉条として「装飾はいらない」って考え方があったので、洗練された建築がたくさんできたんですけれども、そうじゃない形に向かうんですね。
大北:最初から装飾目指したのではなく「シンプルな機能性じゃないなにか」ってことですね。
塚田:ですね。スタルクはどこか矛盾を内包するようなデザインが特徴です。洗練されたモダンなものに、大胆だったり、有機的な形を紛れ込ませるような。
大北:モダニズムになにかドッキングしてるような。
塚田:フィリップ・スタルクが有名になったのは、83年にフランスの大統領官邸であるエリゼ宮殿の一部のインテリアデザインをしたことです。
大北:へえー、官邸の内装を変える仕事があるんだ。じゃ世界的に有名になって脂ものりつつあるスタルクさんに声をかけてこれができたんですね。

過激に無用であること

塚田:建物を正面から見たときに強く意識される外観、いわば建物の顔みたいなことを建築の言葉では「ファサード」って言うんですけども「ファサードに凝る」みたいなところがポストモダニズム建築の特徴の一つなんです。それは装飾に凝ることでもあります。
大北:お、じゃあまさに凝ったな、というとこですけど、この発想はすごいですよね。「上になんか乗せていいんですか?」って。
塚田:てっぺんについて言うと、同時代のニューヨークのAT&Tビルディング(1984年)とか、若き日の隈研吾がデザインし、現在も環八沿いにあるM2(1991年)とかも面白いんですよね。ポストモダン期の建築の凝りどころだったのかもしれません。で、今見てるスタルクの話に戻りますが、面白いのはあの中身です。空洞なんですけど、なにか使い道があるのかなと思ったんですよ。
大北:太陽の塔の中が展示室になってる、みたいな。
塚田:そうそう。でもそれが、調べてみたら用途がないんです。つまり有用性の真逆を行く建築の本領が、あそこの1番上のオブジェには込められている。
大北:なるほど、これ「用」があっちゃったらダメなんだと。用がないから装飾だと。ポストモダン的に正しいですね。
塚田:ムホー回でポンピドゥーセンターの塗り分けられた配管にポストモダン性があるという話をしましたが、よりラディカルになってこうしたものが生まれるわけです。
大北:でかいなあ、無用にしてはでかい。

塚田:で、豆知識なんですけど、あの金の炎のビルからはみ出てるところは氷柱ができないようにヒーターが入ってるそうです。機能がないどころか、エネルギーも使っている。
大北:ははは、無用がゼロ用途どころかマイナスですね。いやあ、今の時代ではなかなか作れないものだなあ、いいものですよ。

無用をリッチに作る

塚田:オブジェの質感も絶妙にチープでいいですね。ハリボテ感というか。
大北:でもこれがピカピカリッチな金属感あると重そうだし、威厳あって怖そうですね。
塚田:作品然としてるというより、商業空間のディスプレイ的なものにも見えてくる遊び心がありますよね。でもそれが超巨大になっている。ポストモダン的な「なんでもあり」感覚もあって、味わい深いですね。

大北:作るの大変ですよね。
塚田:実は技術的には難しい形で、川崎重工業とその子会社が実際のオブジェの制作を担当したそうです。
大北:名前に「重い」が入ってますね。大変さが伝わる…。
塚田:船とかを作る技術が応用されて。パーツに分けて丁寧に溶接してあの姿になったようです。
大北:じゃああれは丸みを帯びた船みたいなものの技術なんだ、うわあ。
塚田:かなりの資金と技術が投入されているんですね。
大北:チープそうな質感をめちゃめちゃリッチに作ってるという。

今や生活になじんだポストモダニズム

塚田:ポストモダンデザインってけっこう日常にも入ってきてるんです。
大北:登場から50年近く経つんですもんね。
塚田:例えば昔のラジカセとか。フォルムに丸みがあったり逆に角ばってたり個性的だったじゃないですか。ああいうチープなプラスチック感もポストモダン的です。そういうデザインセンスって完全に消えたわけじゃなくて、今だとダイソンの掃除機とかもけっこうポストモダン感強めなんですよね。ビビッドな色彩とサイクロン部分の装飾的な形状とか。
大北:なるほど、あれがポストモダン的なのか。だんだんわかってきましたよ。
塚田:ちょうどこのフィリップ・スタルクが1949年生まれで70、80年代ぐらいから活躍し始めるんですけども。ポストモダンデザインのフランス代表って感じでして。
大北:というと各国に新世代の旗手たちが生まれたんですね。

塚田:イタリア代表に「エットレ・ソットサス」っていうポストモダンのデザイナーの一番手がいまして。6月からアーティゾン美術館でソットサスの個展があるので、「ポストモダンデザインなんだろう?」みたいな雰囲気がちょっと世間に出てくると思います。
大北:じゃ先にここでわかっておくといいですね。日本代表もいらっしゃるんですか。
塚田:日本は倉俣史朗ですね。彼らはモダンデザインからさらに先に進むことを考えた世代なんです。
大北:ただの反発からその先に?
塚田:反発というか、自分なりの次の一手という感じです。スタルクが面白いのは、そこまでケバケバしくないんですよね。
大北:金色だけどそこまでギラギラしてないですしね。
塚田:ソットサスとかはケバケバしいんですよ。色彩の多さもポストモダンデザインの1つの大きな特徴なんですけれども。
大北:フンデルトヴァッサーもケバケバしいっちゃケバケバしいですもんね。あの回もモダニズム建築からの反発の話をしてました。

ポストモダンのアイコン建築は愛称がある

塚田:こういうのを「アイコン建築」って言うんですよ。
大北:美術の歴史に出てくる「イコン」?
塚田:イコンは聖なるキリスト像とか宗教的なものに対して言うことが多いです。アイコンは宗教的に限らず「記号的なもの」。
大北:キャッチーな目立つなにかみたいな感じですか?
塚田:そうですね。形全体で印象的な、記憶に残るみたいな建築です。例えばレム・コールハースらが作った、「中国中央電視台本社ビル」(2008)とか。
大北:オリンピックの競技場で話題になったザハ・ハディドとかも?
塚田:傾向的にはそうですね。ザハもまさしくポストモダンの建築家の1人ですから。ザハの取り下げられた競技場のデザインも特徴的なフォルムでしたよね。
大北:そのせいで生ガキと言われたり。
塚田:有名なのはイギリスの「スイス・リ本社ビル」(2004年)とかですかね。これはピクルス用のキュウリを意味する「ガーキン」の愛称で親しまれています。

大北:生ガキ、ガーキン、あだ名がつくような建築がアイコン建築ですよね。めちゃくちゃにでかくて変。すると崇高さというか、人間に手に負えない感じになってくる。みんな恐れにも近いような感じでなんとか親しもうとあだ名を付けてるんじゃないですかね。
塚田:今日取り上げているこれも巷では「金色のうんこ」と言われてますからね。
大北:あ~、言っちゃった。
塚田:大北さん、言わないようにしてるなあとは。でも大丈夫です。さっき話した社長の『私の履歴書』でも言及されてましたから。
大北:ですね、実際に愛称として機能してるから出てこないのが不自然ですしね。いやでもほんと自分の理解を超えたでかくてすげえものがあるんでしょうね。ちっぽけな自分となんとかうまく付き合っていくために最下層のものに名前を落としてる気がしますよ。それも人間らしさですよ。

塚田:ポストモダンの時代にはこういった大胆な実験が受け入れられたということでもありますよね。ポストモダンってどういう時代なの?ということを一般化して考えてみると、これって要するに「衣食住が揃った以降の時代」とも言えるんですね。
大北:孔子の教えみたいだ。
塚田:住むところができて、家電が普及して、スーパーで色々食べるものが買えるようになった次の時代をイメージしてもらえれば。で、そうなると次は今までと違うものが欲しくなるけど、どのメーカーも商品の機能とか、食品の味は大差がなくなってくるわけですよね。そういう状況が到来して、どこの企業も同じようなものが作れるんだったら、ガワ(外側)を工夫するしかないですよね。
大北:衣食足りて礼節を知るかと思いきや、ガワを。
塚田:そういう流れもあって、建築やインテリアデザインでも突拍子もないアイディアが入ってるようなものが生まれるわけです。目立てば売れる可能性もある。そんな時代の雰囲気というか、後押しもあって予算をかけこういう建物が作られていったんですよね。
大北:なるほど、しかも高度成長期の後で余分なところを凝りはじめたんだ。
塚田:ポストモダンデザインにおいては装飾性、ギミック感覚がしばしば指摘されますが、スタルクのこのデザインはそういった時代の感覚がけっこう全面的なものとして出ています。

大北:景気のいい時代の話でもありますよ。この大きさの無用なものはこれ以降できてないんじゃないですかね。
塚田:この作品、実は2005年に「悪い景観100景」に、残念ながら選ばれてしまったという。「バブルの遺物」みたいな見られ方をされてしまったんでしょうね。
大北:その賞から20年経った今はまた変わってきますよね。
塚田:スカイツリーも建ちましたし。
大北:高速道路からも見えるしランドマークになりますね。
塚田:浅草駅降りてこれが見えたら「とりあえず行ってみよう」ってなるでしょうね。
大北:屋外広告の1番でかいものとも考えられるんじゃないですか?
塚田:それは面白いですね。建築でもあり、作品でもあり、広告でもある。
大北:レストランも中はフィリップ・スタルクなんですかね。
塚田:レストランの内装や家具も手掛けてるみたいです。トイレもゴージャスだとか。
大北:じゃあスタルクを味わうにはよさそうですね。やっぱでかいの作ると、いろんなとこ飛び抜けますね。広告としても飛び抜けるし。何十年も誇れるとするなら、大変でもでかくする方がいいんじゃないかって気がしてきますよね。

ユーモアの舞台を作る大北(左)と美術評論の塚田(右)でお送りしました

machinaka-art

DOORS

大北栄人

ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター

デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。

DOORS

塚田優

評論家

評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二

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