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2024.12.18
まぼろしの過去、明るい未来。〜GALLERY MoMo Projects&浪花家総本店〜 / 小原晩の“午後のアート、ちいさなうたげ” Vol.3
Photo / Tomohiro Takeshita
Edit / Yume Nomura(me and you)
『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』などの著作で知られている小原晩さんが、気になるギャラリーを訪れた後に、近所のお店へひとりで飲みに出かける連載、「小原晩の“午後のアート、ちいさなうたげ”」。「アートに詳しいわけではないけれど、これからもっと知っていきたい」という小原晩さん。肩肘はらず、自分自身のまま、生活の一部としてアートと付き合ってみる楽しみ方を、自身の言葉で綴っていただきます。
第3回目は、六本木・GALLERY MoMo Projectsで開催していた川島小鳥の個展「未来ちゃん」を観たあと、麻布十番の老舗「浪花家総本店」の2階にあるナニワヤカフェへ。未来ちゃんの光に圧倒され、たいやきと甘酒でほっと一息ついた、ある午後のこと。
くもりぞらの六本木をすこし歩いた。
あっというまに長袖の季節となって、散歩のはかどる今日この頃。
GALLERY MoMo Projectsの入っているビルの下について、階段を上がり、白い扉を開けると、部屋いっぱいに未来ちゃんがいる。
『未来ちゃん』と出会ったのはたしかヴィレッジヴァンガード下北沢の写真集のコーナーで、わたしはすぐに未来ちゃんのそのいさましさ、陽気さ、ちいさな命のきらめき、じーんと広がるせつなさなどにハートをつかまれて、なんだかものすごい本だと思ったことを覚えている。
2011年に刊行され13万部の大ヒットとなった『未来ちゃん』は、佐渡島のひとりの女の子の一年間を島の四季とともに撮りおろした一冊です。(ナナロク社HPより)
わたしが買ったのも、この2011年版の未来ちゃんである。帯の「明るいみんなの未来ちゃんです。」という言葉のことも気に入っていた。
それから何年も経って、『vocalise』が刊行された。
本作は、『未来ちゃん』の製作時にヨーロッパ各地の夏の風景のなかで撮影されました。今回、未来ちゃんの幻の夏の旅として、13年の時を経て写真集になりました。
タイトルのvocalise(ヴォカリーズ)とは、歌詞のない母音だけで歌われる歌唱法のこと。未来ちゃんが目にする言葉にする前の新鮮な世界そのものが一冊に綴じられています。(ナナロク社HPより)
そして『未来ちゃん』の新装版もつくられた。装丁は『vocalise』と同じ、祖父江慎さんと小野朋香さん。あたらしい『未来ちゃん』も、とてもすてきだ。
完成されたものを、あらたにつくりなおすのはとてもむずかしい仕事だと思う。はじめのものを好きになったファンのみなみなさまがいるのだし、そのひとりひとりにその本を好きな理由があるのだから。
そう思うのはわたしの新刊『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』もいうなれば新装版、もしくは増補版、などと呼ばれる位置付けのものだったからで、実際、とても緊張した。たとえばその本のトーンはどこにあるのかというわたしのごく個人的な体感は、編集者さんに、装丁家さんに、つまりはチームにきちんと伝わっているのかどうか。それを踏まえた上で、まったくあたらしいものを目指すのか、モチーフをどう扱うかなど、細かく話し合いたくても、わたしも出版社もベストだと信じるやり方がちがうものだから、話し合うための話し合いなどが無限のように生まれてしまって、ああもうすんごくたいへんだったのだ!(それはわたしがという話ではなく、この本に関わってくれたみんながたいへんだったという意味である。全員、ありがとう)
そういう経験をしたばかりだから、ギャラリーに入ってすぐのところに置いてあった『未来ちゃん』(新装版)へ、心のうちで大拍手であった。おつかれさま、おつかれさま。さいこうの新装版だ。
「Mirai Chan」の文字は、川島小鳥さんの直筆
会場では、まず大きな写真が目に入る。
ほんとうにばかみたいな感想、というか、ばかの感想なのだけれど「大きい写真はいいよなあ」と思う。写真集では見れないサイズでみることによって、新たに出会い直すような感じもあって、愉快である。あとは「この写真を大きくするのだなあ」とかぼんやり思う。
以前、島本和彦さんの漫画のあとがきで「大事なメッセージほど小さな文字にすることが多い」というようなことを言っていて妙にこころに残っているのだけれど、展示物のサイズにももちろん作家の狙いが、感覚が反映されているのだから、展示に足を運んで損をすることはないよなあ、おもしろいよなあ、とただ楽しんでいる。ただただ楽しくて、ため息が出る。
壁には桃色のドローイングがある。これは川島小鳥さんのご友人でもある小橋陽介さんのものであるらしい。写真の中の未来ちゃんをモチーフに描いたものもあって、とくに、ぐるぐると雑巾掛けをしている未来ちゃんのドローイングは愛らしく、うふふ、うふふふふ、としばらく目のまえから動けなかった。
川島さんは、どんなふうにして、こんなに小さな子の、奇跡のような光のようなおとぎ話のような、一瞬を写したのだろう。その瞬間は、川島さんが呼び寄せたものなのか、自然にやってくるものなのか、じっくりゆっくり待っているのか。気になるけれど、それもまたそのときどきによって違うのだろうという気がする。そういう揺らぎのようなものも魅力となって、未来ちゃんの表情や仕草に、写真そのものに出ているような気がしないでもない。受け手はいつも気がするばかりだ。そもそもわたしはいったい、どんなふうに撮ったかを知ってどうしようというのだろう。わたしは川島さんにも、未来ちゃんにもなれないのに、どうして知りたくなるのだろう。
未来ちゃんの写真を見ていると、実写とはこんなにすばらしいものだったろうか、と自分の知っている現実を疑いたくなる。単に現実と言っても、わたしの知っている現実だけが現実ではなく、現実にはさまざまな現実が、そして瞬間があることを思い出す。まぼろしの過去、という言葉が頭にやってくる。それは川島さんの目線でも、未来ちゃんの目線でも、未来ちゃんのご家族の目線でもなくわたしが以前、空や風や木々や雪であったときの記憶である。
作家になって、ときどき写真を撮ってもらうようになった。それで、わかったのは、写真は写真家の表現だけでなく、被写体の表現でもあるということだ。そんなことにも気づかなかったのか、とお思いかもしれないけれど、気づかなかった。
まずレンズを向けられて、ふつうでいるのは、かなりむずかしいことだ。表情をつくるのも、とてもむずかしいし、よくわからない。たとえば「そこに立って」と言われてもどうしたらいいのかちんぷんかんぷんで、あたふたとして、がちがちになり、変に顎は上がってきて、口元なんかにぎゅっとちからが入り、手元は謎のパーである。つかえる写真は奇跡の一枚のみという具合で、わたしに関わる写真家の方にはほんとうに申し訳ない気持ちでいつもいる。
それに引き換え、未来ちゃんの、被写体としての表現力! 圧倒される。自由律俳句の俳人である種田山頭火は「文は人なり、句は魂なり、魂を磨かないで、どうして句が光らう、句のかがやき、それは魂のかがやき、人の光である」と日記の中で書いているけれども、未来ちゃんの被写体としてのかがやき、それは未来ちゃんの魂のかがやき、未来ちゃんの光であるよなあ、と考えれば考えるほど、改めて圧倒される。しばらくして、身につまされるような思いにもなる。わたしもまずは魂を磨こうと思う。
何度もぐるぐると部屋のなかを回って、たのしみ、はにかみ、やっとギャラリーをあとにする。麻布のほうに向かって15分ほど歩く。曇りの日は、歩きやすくて、晴れの日のつぎに好き。
たいやきの暖簾を見つけてうれしくなる。浪花家総本店だ。
お店に入ると、香ばしい匂いがする。2階のナニワヤカフェのテラス席に腰を下ろしてメニューを見る。たいやきはもちろん、焼きそばや、あんみつ、かき氷などもある。しかし、ここはやっぱりたいやきだろうと決めて、今度は飲みものに迷いつつ、甘酒の文字が目にとまった。わたしは甘酒を飲んだことがない。甘酒とは酒なのか、酒でないのか、どうなのか。頭のなかにいくつものはてなを浮かべつつ、ものはためしと注文する。持参した『未来ちゃん』を眺めつつ待つ。
浪花家総本店の創業は明治42年で、たいやき発祥の地ともいわれている。期待は高まるばかりである。
たいやきと甘酒がとどく。
まずは、甘酒を手にとり、においをたしかめる。おだしのような、においがする。あれ、甘酒って甘くはないのかな、と思いながら、恐る恐る、ひとくちのんでみる。あっ、甘いぞ。そして、ほろほろとしたものが、入っている。おいしい、あったかい、あまい、やさしい、ほっとする。目をつぶる。今日は風のない日だ。甘酒は酒ではなかった。
目を開けて、ついについにと、たいやきをもちあげる。さあてどこから食べようか。一瞬迷って、頭をかじる。ああこれはおいしいぞ! と興奮してぱくぱくと食べすすめてしまいそうな自分へ「お願いだからゆっくり味わって」と言い聞かせる。自分に言われたとおり、頭から腹へとゆっくり食べすすめる。なんというバランスのよさだろう。たとえば、あんこの量と皮の厚さのバランス、あんこの甘さと皮の香ばしさのバランス、食べすすめていくうちのあんこの量が多くなり少なくなり、皮が厚くなり薄くなり食感の変化していくバランス……そのリズム! 感動するほどのバランスは、想像上のおいしいたいやきをゆうに超えてくる。
はやく、はやく、しっぽをたべたいきもちが心のうちからやってくる。わたしはたいやきはしっぽのところがいちばん好きなのだ。たいやきの腹のあたりを少し過ぎたあたりで、我慢できずにしっぽをかじった。はあっ。にっこり。好きなひとの前であったら、はじめて遊んだ友だちの前だったら、口うるさい親戚の前だったら、わたし、きっとこうはできない。どう思われるかを気にせず生きてもいい瞬間がひとりのときにはやってくる。ひとくちで一匹まるまる食べたっていいのだ、それはもったいないか。なんて思いながら、なんとなくほこらしい一匹と一人の関係性である。きれいに甘酒を飲みきり、たいやきを食べきり、浪花家総本店をでた。
本日のアート
GALLERY MoMo Projects
川島小鳥「未来ちゃん」
◼会期 :2024年10月26日(土)〜11月23日(土) ※会期終了
◼住所 :東京都港区六本木6-2-6 サンビル第3 2F
◼休館日 :日曜日、月曜日、祝日
◼入館料 : 無料
公式サイトはこちら
本日の宴
浪花家総本店(ナニワヤカフェ)
◼住所 :東京都港区麻布十番1-8-14 たいやきビル 2階
◼電話 :03-3583-4976
◼店休日 :火曜日、水曜日
◼営業時間 :11:00〜18:00
Information
2022年に自費出版した『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』が、新たに実業之日本社から商業出版されます。
私家版の23篇にくわえ、新たに17篇のエッセイが書き足されています。
『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』
著:小原晩
実業之日本社
2024年11月14日発売
価格:1,760円(税込)
DOORS
小原晩
作家
1996年、東京生まれ。作家。2022年3月、自費出版にて『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を刊行。2023年9月、『これが生活なのかしらん』を大和書房より出版。
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